いよいよ、最後の回です。この連載「流域の人文誌」の、そして、姉にあたる蔵書「庭の人文誌」とあわせた、長い長い旅の、結びの回です。
二つの蔵書を通して、私たちは、ずいぶん遠くまで歩いてきました。一区画を囲い取る庭から始まり、世界の庭園史をめぐり、人がなぜ緑を求めるのかを問い、これからの庭を見て、そして、庭を手放すところまで。そこから、水の流れに導かれて、流域という、もうひとつの土地の見方へ。文明の大河、聖なる川、村の用水、近代の堤防、そして、流域に帰る現代まで。最後に、この長い旅が、どこへたどり着いたのかを、見届けたいと思います。
囲い込みから、囲いをほどくへ
この長い旅には、一本の、はっきりとした背骨がありました。囲い込み、という言葉です。
姉の蔵書「庭の人文誌」は、こう語りました。庭とは、世界から一区画を囲い取り、内と外を分ける営みである、と。人は、塀で世界を囲い、内側を「自分のもの」にしました。それが、庭の、そして所有という考え方の、はじまりでした。けれど、その長い物語の終わりに、庭は、囲いをほどく方へと向かいました。塀の内に閉じた私の庭から、生き物に開かれた庭へ、みんなの庭へ、そして、手放す庭へ。
この「流域の人文誌」は、その囲い込みの物語を、水の側から、もういちど描き直したものでした。人は、水を囲い込み、灌漑で文明をきずきました。堤防で川を締め切り、暮らしを守りました。けれど、その締め切る治水は、限界に突きあたり、いま、流域ぜんたいで水を受け止める方へと、向き直りつつあります。水を囲い込むのをやめ、水に空間を返し、流れにもう一度、暮らしを沿わせていく。庭が囲いをほどいたように、治水もまた、囲いをほどきはじめたのです。庭と流域は、囲い込みと、その反転という、同じひとつの大きな物語を、別々の側から語っていました。
所有から、帰属へ
もうひとつ、二つの蔵書を貫いていた糸があります。所有から、帰属へ、という転換です。
庭は、「これは、私のものだ」という、所有の場所でした。線を引いて、内側を、自分のものにする。けれど、姉の蔵書の終わりで、庭は、所有から、関係へ、アクセスへと、ひらかれていきました。そして、この連載で見た流域は、はじめから、所有になじまないものでした。水は、囲い取れません。上流から下流へ、誰の土地もおかまいなしに、流れていきます。流域のなかでは、私が水を所有するのではなく、私のほうが、流域に属しています。「これは私のものだ」という所有から、「私は、ここのものだ」という帰属へ。庭の旅の終わりが指し示した方向を、流域は、その出発点から、すでに生きていたのです。
第IV部で出会った、針江のかばたの暮らしを、思い出してみてください。水を、自分のものとせず、山からの預かりものとして、できるだけ清らかなまま、下流へお返しする。あの暮らしは、所有ではなく帰属の、いちばん美しい姿でした。私たちは、水を、めぐりの途中で、少しのあいだ預かっているだけ。その感覚こそ、二つの蔵書が、最後にたどり着いた場所です。
いのちの、めぐりへ
そして、この長い旅は、最後に、ひとつの言葉に流れこみます。いのちの、めぐり、という言葉です。
姉の蔵書「庭の人文誌」は、こう結ばれていました。庭を手放すとき、人は、庭を失うのではない。むしろ、自分が、いのちの大きなめぐりに参加している一人なのだと、思い出すのだ、と。そのとき、その「めぐり」が何なのかは、まだ、はっきりとは語られていませんでした。この連載は、その答えを、水のかたちで示してきたのだと思います。めぐりとは、まず、水のめぐりです。山に降った雨が、森にしみこみ、川になり、田をうるおし、海へ出て、また雲になって、山に降る。その大きな循環のなかに、私たちの暮らしも、庭も、田畑も、ぜんぶ、浮かんでいます。
第VI部で見た、小網代の森の、アカテガニを覚えているでしょうか。森で暮らし、海で子を産み、また森へ帰る、あの小さなカニ。その一生は、森から海まで、水のめぐりが途切れずにつながっているからこそ、まっとうできるものでした。アカテガニの旅は、いのちのめぐりが、ほんとうに、目に見えるかたちで、この世界を流れていることの、証人です。そして、私たちも、そのめぐりの外にいるのではありません。蛇口の水を飲み、雨をしのぎ、いつか土に還る私たちもまた、アカテガニと同じように、この大きな水のめぐりの、一部なのです。
長い旅の、おわりに
庭から、流域へ。所有から、帰属へ。囲い込みから、囲いをほどくへ。そして、いのちの、めぐりへ。
二つの蔵書をあわせた、この長い旅は、ぐるりとひとめぐりして、ひとつの場所に帰ってきました。それは、出発点に、ただ戻ったのではありません。人が、世界を囲い、所有し、支配しようとしてきた長い歴史を、知りつくしたうえで、もういちど、世界へと自分をひらいていく。塀の内から、流れのなかへ。私のものから、めぐりの一部へ。そういう、ゆたかな円環でした。あなたが、自分の庭の小さなくぼみに、雨を受けるとき。あなたが、足もとの流域を、思いうかべるとき。あなたは、もう、この大きなめぐりに、参加しはじめています。
長いあいだ、二つの蔵書におつきあいくださり、ほんとうに、ありがとうございました。庭をめぐる旅と、水をめぐる旅が、あなたにとっての世界を、ほんの少しでも、広く、深く、感じるための、小さな手がかりになっていたなら、これにまさる喜びはありません。庭の、そして流域の人文誌。ここで、静かに、筆をおきます。
(流域の人文誌・了。そして、二つの蔵書をめぐる、長い旅の・了)
参考にした資料
- 岸由二『生きのびるための流域思考』(ちくまプリマー新書, 2021)
- 西廣淳ほか『人と生態系のダイナミクス5 河川の歴史と未来』(朝倉書店, 2021)
- (姉妹蔵書「庭の人文誌」第VIII部「庭を手放す」)
── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。
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