いよいよ、最後の第VIII部に入ります。ここまで、流域という見方の誕生から、自然を生かす防災の実践までを、たどってきました。第VIII部では、その流れが、いま、国の制度や言葉のなかに、どう取り入れられているかを見て、そして、この連載と、もうひとつの蔵書「庭の人文誌」とをあわせた、長い旅の結びへ向かいます。
最初に確かめたいのは、ひとつの大きな転換です。これまで個人や地域の実践として育ってきた「自然を生かし、水を受け止める」という思想が、二十一世紀に入って、国の計画の言葉になりはじめた、ということです。
言葉が、計画に載る
ものごとが、国の制度として動きだすには、まず、それを名指す言葉が、公式の計画に書きこまれる必要があります。その意味で、ひとつの節目がありました。
前回見た「グリーンインフラ」という言葉が、日本の国土づくりの基本となる、国の計画のなかに登場したのです。2015年ごろのことです。それまで、研究者や一部の実践者のあいだで使われてきた言葉が、国の正式な方針の用語になった。これは、小さく見えて、大きな出来事です。自然を、社会の基盤として生かす、という考え方を、国が、これからの国土づくりの柱のひとつにする、と宣言したことを意味するからです。その後、グリーンインフラを進めるための国の戦略がまとめられ、数年ごとに改められながら、いまも育ちつづけています。思想が、ようやく、制度の入口にたどり着いたのです。
流域治水という、大きな転換
そして、もうひとつ、さらに大きな転換が続きます。2021年、流域治水という考え方を、はっきりと国の方針として位置づける、法律の改正が行われました。
流域治水とは、おおまかに言えば、こういう考え方です。これまでの治水は、おもに、川を管理する立場の人びとが、堤防やダムといった川の中の対策で、水害を防ごうとしてきました。けれど、想定を超える雨が増えるなかで、それだけでは追いつかない。だから、川の中だけでなく、流域ぜんたいで——上流から下流まで、あらゆる場所、あらゆる立場の人びとが力を合わせて——水を受け止め、被害を減らそう、という考え方です。
お気づきでしょうか。これは、第VI部で見た、鶴見川の総合治水の考え方を、日本ぜんたいに広げたものです。鶴見川という、ひとつの川で育てられた知恵が、何十年もかけて、ついに国の治水の基本方針になった、と言ってもよいでしょう。流域を、ひとつの単位として捉え、その全体で水と向き合う。第I部から見てきた流域思考が、ここで、国の言葉として、はっきりと姿を現しました。
約百二十年を経た、反転
ここで、第V部で見た、もうひとつの年を、思い出してみてください。1896年、河川法が定められ、日本が「川を締め切る」治水に舵を切った年です。
それから、約百二十年。日本の治水の思想は、ここで、大きく反転しました。締め切る治水から、受け止める治水へ。あふれさせない治水から、流域ぜんたいで上手に受け止める治水へ。川の中だけで完結させる治水から、流域ぜんたいで分かち合う治水へ。これは、近代がたどってきた道を、ただ逆戻りするのではありません。第V部で見たように、近代の堤防やダムは、無数の命を守ってきました。それらの達成の上に立ちながら、その限界も知りつくしたうえで、もう一段、先へ進もうとしている。締め切ることを徹底的に学んだからこそ、いま、賢く受け止めることへ進める。約百二十年かけて、日本は、水との付き合い方を、ぐるりと一周して、新しい場所へたどり着いたのです。
第II部で見た、禹の伝説を、覚えているでしょうか。水を埋めて止めようとした父と、導いて流すことを選んだ子。四千年前の物語が語っていた「止めるより、上手に流す」という知恵が、いま、最新の国の治水方針のなかに、よみがえっています。もっとも古い知恵と、もっとも新しい政策とが、ここで、手を結んでいるのです。
制度になることの、光と影
ただし、思想が国の制度になることには、光と影の両方があります。そのことも、書いておきたいと思います。
光は、見てきたとおりです。制度になれば、予算がつき、各地で取り組みが進み、大きな力になります。いっぽうで、影もあります。言葉だけが先に立派になって、中身がともなわないことも、起こりえます。「グリーンインフラ」「流域治水」という言葉を掲げながら、実際には、これまでどおりの工事に、新しい名前をつけただけ、ということも、ないとは言えません。前回、本物かどうかは続いているかどうかだ、と書きました。制度の言葉が、本物の中身を持つかどうかは、これからの、一つひとつの現場にかかっています。思想が国の言葉になったことは、ゴールではなく、新しいスタートなのです。
思想が国の言葉になるが伝えるもの
思想が国の言葉になるという出来事は、私たちに、考え方が制度へと結晶する瞬間を見せてくれます。
それは、グリーンインフラという言葉が国の計画に載り、流域治水が国の方針になった、という転換。1896年の「締め切る」治水から約百二十年を経た、「受け止める」治水への、大きな反転。そして、禹の伝説以来の古い知恵が、最新の政策のなかによみがえった、という時間の往復です。締め切ることを学びつくした文明が、もう一度、流域ぜんたいで水を受け止める方へと、向き直りはじめました。
次回は、この流域治水を、制度の言葉としてではなく、私たち一人ひとりの暮らしの問いとして、もう少しかみくだいてみます。みんなで水を受ける、とは、いったい、どういうことなのでしょうか。
参考にした資料
- 国土交通省「流域治水関連法」 https://www.mlit.go.jp/river/kasen/ryuiki_hoan/index.html
- 国土交通省「グリーンインフラ推進戦略」 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000017.html
- 西廣淳ほか『人と生態系のダイナミクス5 河川の歴史と未来』(朝倉書店, 2021)
── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。
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