小網代の森、流域まるごとを残す

前回は、都市の大河、鶴見川を流域として「治める」物語でした。今回は、舞台を、小さな谷へと移します。神奈川県の三浦半島の先端近くにある、小網代(こあじろ)の森です。

ここは、流域思考が、治水とはまた別のかたちで結実した、稀有な場所です。源流の森から、湿地、干潟、そして海まで。ひとつの川の流域が、まるごと、ひとつながりのまま守られている。関東地方では、ほかに例を見ないと言われる風景です。流域を「治める」話から、流域を「まるごと残す」話へ。今回は、その物語です。

源から海まで、ひとつづき

小網代の森を流れるのは、浦の川という、ごく小さな川です。その流域、つまり浦の川に雨水が集まってくる範囲は、およそ70ヘクタール。第I部で、流域の入れ子構造を語ったときに、物差しとして登場した、あの谷です。

この谷の、何がそれほど特別なのでしょうか。それは、川の一生が、手つかずのまま、まるごと残っている、ということです。ふつう、現代の川は、源流の森が宅地に削られ、中流はコンクリートで固められ、河口は埋め立てられて、ぶつ切りにされています。源から海までを、自然のまま通して歩ける川など、都市の近くには、ほとんど残っていません。けれど小網代では、こんこんと水が湧き出す源流の森から、せせらぎ、谷をうるおす湿地、葦の茂る湿原、そして潮の満ち引きする干潟と海まで、川の流れが、一度も分断されずに、ひとつづきでつながっています。森と、川と、海が、切れ目なく手をつないでいる。それが、小網代の奇跡です。

アカテガニが、教えること

この「ひとつづき」が、なぜ大切なのか。それを、いちばん雄弁に教えてくれる生き物がいます。アカテガニです。

アカテガニは、ふだん、森や湿地のなかで暮らしています。けれど、子を産むときには、海へ向かわなければなりません。夏の夜、おなかに卵を抱えた母ガニたちは、森を出て、川沿いにくだり、海辺の波打ちぎわまで降りていって、卵から孵った幼生を、海へ放つのです。やがて海で育った子ガニたちは、また川をさかのぼって、森へ帰っていきます。

お気づきでしょうか。このカニは、森だけでも、海だけでも、生きられません。森から海まで、流域がひとつながりに通じていて、はじめて、その一生をまっとうできるのです。もし、途中がコンクリートの護岸で断ち切られていたら、もし、河口が埋め立てられていたら、母ガニは海にたどり着けず、子ガニは森に帰れません。アカテガニは、流域がまるごと健康であることの、生きた証人です。一匹のカニの一生が、源から海までのつながりに支えられている。小網代を守るとは、このカニの旅の道のりを、まるごと守ることだったのです。

谷を、まるごと残す

この谷は、一度、消えかけました。高度経済成長からバブルの時代にかけて、小網代の谷もまた、ゴルフ場やリゾートに開発される計画にさらされたのです。

ここで、流域思考が、現実の力を発揮します。岸由二をはじめとする人びとは、この谷を、部分的にではなく、流域まるごと残すべきだ、と訴えました。森のここだけ、湿地のここだけ、と切り取って保存しても、意味がない。アカテガニが教えるように、価値は「源から海までのつながり」そのものにあるのだから、流域を、ひとつの単位として、まるごと守らなければならない。この主張は、流域思考の核心を、そのまま保全の論理にしたものでした。長い活動の末に、開発計画は見直され、小網代の谷は、神奈川県を中心に、県や市、民間の財団やNPOが協力して、保全されることになります。そして2014年から、人びとが歩いて、源から海までの流域を体感できる場所として、ひらかれました。

歩いて半時間ほどの、小さな谷です。けれど、その小さな谷を一周することは、流域というものを、頭ではなく、足の裏で理解することにほかなりません。森で湧いた水が、せせらぎになり、湿地を養い、干潟へ注ぎ、海とまじわる。その全部を、自分の足で、ひとつづきにたどれる。小網代は、流域思考の、いわば生きた教科書なのです。

治めることと、残すこと

ここで、前回の鶴見川と、今回の小網代を、並べてみたいと思います。同じ流域思考から、ずいぶん違う実践が生まれていることに気づきます。

鶴見川は、何百万人もが暮らす、都市の大流域でした。そこでの流域思考は、水害から人びとを守る「総合治水」として結実しました。いっぽう小網代は、人の暮らしの少ない、小さな谷です。そこでの流域思考は、生き物のつながりを守る「流域まるごとの保全」として結実しました。治めることと、残すこと。一見、正反対の営みです。けれど、根は同じです。どちらも、川を、流域から切り離された一本の線として見るのではなく、源から海までのひとつながりの体として捉える、という見方から出発しています。流域思考は、都市では人を守る知恵になり、谷では生命を守る知恵になりました。同じ一つのまなざしが、土地に応じて、違う実を結んだのです。

そして、小網代が見せてくれる「森・川・海のひとつながり」は、姉の蔵書「庭の人文誌」の最後で見た、あの言葉とも響き合います。庭を手放すことは、いのちの大きなめぐりに参加することだ、と。アカテガニの旅は、そのめぐりが、森から海まで、実際に途切れなく流れている姿を、目に見えるかたちで見せてくれます。

小網代の森が伝えるもの

小網代の森は、私たちに、流域を「まるごと」捉えることの意味を見せてくれます。

それは、源流の森から海まで、川の一生が分断されずに残された、稀有な風景。アカテガニの旅が証す、森と川と海のひとつながりの大切さ。そして、部分ではなく流域全体を単位として守る、という流域思考の保全のかたちです。鶴見川が流域思考を「治水」として見せたとすれば、小網代は、それを「いのちのつながり」として見せてくれました。

第VI部も、残すところ、あと一回です。次回は、流域思考が最後にたどり着いた、いまの時代の問いに向き合います。気候の変動で、雨の降り方そのものが変わりつつある時代に、私たちは、どう流域に根ざして生きのびていくのか。生命圏再適応、という考え方です。


参考にした資料


── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。

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