バイオリージョナリズムという源流

前回は、日本で流域思考を育てた岸由二の出発点を見ました。けれど、流域を単位に世界を見るという発想は、岸ひとりの発明ではありません。地球の反対側にも、よく似た考えを、ほぼ同じ時代に育てた人びとがいました。

今回は、その源流をたどります。アメリカで生まれた、バイオリージョナリズム——生命地域主義と訳される思想です。流域思考が、日本だけの思いつきではなく、世界の各地で、同じ時代の空気のなかから立ち上がってきた考え方であることが、見えてきます。

もうひとつの地図を、探す

舞台は、1970年代のアメリカ、西海岸です。この時代、環境問題への関心が、社会の底から噴き出していました。公害、開発、自然破壊。人びとは、自分たちの暮らし方そのものを、問い直しはじめていました。

そのなかで、ピーター・バーグという活動家が、仲間たちとともに、ひとつの考え方を打ち出します。それが、バイオリージョナリズムです。バイオは「生命」、リージョンは「地域」。直訳すれば、生命の地域、ということになります。彼らの問いは、こうでした。私たちは、自分の住む土地を、どんな単位で考えているだろうか。州の境、郡の境、市の境——どれも、人間が政治的な都合で引いた線です。その線は、土地の自然の姿とは、何の関係もありません。では、自然そのものが教えてくれる地域の単位とは、どんなものか。

バーグたちが見いだした答えのひとつが、流域でした。山の尾根に囲まれ、ひとつの川に水が集まる範囲。その自然の境界こそが、人がほんとうに「自分の場所」として感じ、責任を持てる単位ではないか。第I部で見た、岸の問いと、おどろくほど近いことに気づきます。日本とアメリカで、たがいを知らないまま、ほとんど同じ問いが立てられていたのです。

暮らしを、土地に根づかせる

バイオリージョナリズムが、たんなる地理の考え方と違うのは、そこに「生き方」の提案がこめられていた点です。

バーグたちは、こう考えました。近代の暮らしは、土地から根を引き抜かれている、と。食べ物は、どこで誰がつくったかわからないものが、遠くから運ばれてきます。水は、蛇口をひねれば出てきますが、それがどの川から来たのかを、ほとんどの人は知りません。エネルギーも、ごみの行方も、すべてが、見えない遠くへつながっていて、自分の暮らす土地とは、切り離されています。これでは、人は、自分の土地に何をしているのか、わからなくなってしまう。

そこで彼らは、暮らしを、もう一度、足もとの生命地域に根づかせようと呼びかけました。自分の飲む水が、どの流域から来るのかを知る。地元で採れるものを食べる。その土地の植物や生き物の名前を覚える。自分の住む生命地域の成り立ちを学び、その健康に責任を持つ。こうした、土地に根ざした暮らしへの「住み直し」を、彼らは大切にしました。流域を知ることは、地理の知識を増やすことではなく、自分の暮らしを、足もとの自然とつなぎ直すことだったのです。

「地球規模で考え、足もとで動く」

バイオリージョナリズムの精神を、ひとことで言いあらわす標語があります。「地球規模で考え、足もとで動く」。環境運動のなかで広く知られるようになった、この言葉です。この標語そのものは、誰か一人の発明というより、同じ時代の環境運動のなかから、いくつもの声となって立ちあがってきたものですが、バイオリージョナリズムの精神を、よく言いあらわしています。

地球の環境問題は、あまりに大きく、あまりに抽象的です。気候変動も、生物多様性の減少も、ひとりの人間が手で触れるには、遠すぎます。途方に暮れて、何もできなくなってしまう。けれど、自分の流域なら、手が届きます。近くの川を歩き、水源の森を知り、地元の自然の手入れにかかわる。その小さな、具体的な行動の積み重ねが、地球を考えることと、つながっている。大きく考え、小さく動く。抽象的な地球を、足もとの流域という、手で触れられる単位に翻訳すること。それが、バイオリージョナリズムの知恵でした。

第I部で紹介した、岸の言葉を思い出してみてください。庭の地面を少しくぼませて流域のかたちにすると、地球じゅうの流域とつながる感覚が生まれる、という、あの話です。手のひらのくぼみから地球へ。これは、まさに「地球規模で考え、足もとで動く」の、日本的な言い換えだと言えます。

翻案するということ

ただし、ここで、ひとつ立ち止まっておきたいことがあります。アメリカで生まれた思想を、そのまま日本に持ちこめるわけではない、ということです。

バイオリージョナリズムが育ったアメリカ西海岸は、広大な原野と、大きな川の流域が広がる土地でした。いっぽう日本は、狭い国土に、短く急な川が無数に刻まれ、しかも、その流域のほとんどに、人が密に暮らしています。原野に住み直すのと、何百万人もが暮らす都市の流域を考えるのとでは、課題がまるで違います。岸の流域思考が、たんなる輸入思想にとどまらなかったのは、この違いに正面から向き合ったからでした。手つかずの自然へ帰るのではなく、人がぎっしり暮らす都市の流域を、どう健康に保つか。その問いに、岸は、日本ならではの答えを出そうとしました。次回見る、鶴見川という、まさに都市のなかの暴れ川との格闘が、その舞台になります。

思想は、海を渡るとき、その土地のかたちに合わせて、つくり直されなければなりません。流域思考は、世界の各地で芽生えた発想を、日本の風土という器で、もう一度育て直したものでした。

バイオリージョナリズムが伝えるもの

生命地域主義という源流は、私たちに、流域思考の広がりを見せてくれます。

それは、人が引いた政治の境界ではなく、自然が教える生命地域を、暮らしの単位にしようという発想。その地域を知り、根ざし、健康に責任を持つという、生き方の提案。そして、「地球規模で考え、足もとで動く」という、大と小をつなぐ知恵です。流域思考は、日本だけの思いつきではなく、同じ時代に世界の各地で芽吹いた、大きな問い直しの、ひとつの結実でした。

では、その思想は、日本の現実の川で、どう試されたのでしょうか。次回は、岸が長くかかわってきた、都市のなかの暴れ川、鶴見川の物語に入ります。


参考にした資料

  • Peter Berg & Raymond Dasmann「Reinhabiting California」(1977) ほか、Planet Drum Foundation の資料 https://www.planetdrum.org/
  • 岸由二『生きのびるための流域思考』(ちくまプリマー新書, 2021)
  • 岸由二『「流域地図」の作り方 ── 川から地球を考える』(ちくまプリマー新書, 2013)

── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。

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