針江のかばた、湧き水を共有する村

水は誰のものか。この連載の出発点の問いに、もっとも美しいかたちで答えてくれる村が、日本にあります。琵琶湖の西岸、滋賀県高島市の針江(はりえ)という集落です。

この村の家々には、不思議なものがあります。台所の一角、あるいは母屋のわきの小屋のなかに、こんこんと水の湧く、小さな泉があるのです。村の人びとは、この湧き水を「生水(しょうず)」と呼び、泉のしつらえを「川端(かばた)」と呼んできました。家のなかに泉のある暮らし。それは、水を分かち合うということの、生きた見本です。

家のなかに、泉がある

針江の集落は、比良山地のふもとに広がっています。山々に降った雨や雪は、地面にしみこみ、長い年月をかけて地下を流れくだり、この集落のあたりで、伏流水として地表に湧き出します。針江の家々は、その地下水脈の上に、暮らしを組み立ててきました。

かばたの仕組みは、よくできています。湧き出した水は、まず「元池(もといけ)」と呼ばれる、いちばん清らかな壺にたたえられます。ここの水は、飲み水や、ご飯を炊く水になります。元池からあふれた水は、次の「壺池(つぼいけ)」へ流れます。ここでは、夏には西瓜や野菜を冷やし、食べ物をすすぎます。天然の冷蔵庫です。壺池の水は、さらに「端池(はたいけ)」へ。ここで、使い終わった鍋や食器を洗います。そして端池の水は、家の外の水路へ出て、村じゅうのかばたの水と合流しながら、針江大川という川になり、やがて琵琶湖へ注いでいきます。

ひとつの湧き水が、飲み水から、冷やし水、洗い水へと、段階を踏んで使われ、最後に川へ還っていく。水の通り道に沿って、暮らしのほうが組み立てられているのです。

鯉が、食器を洗う

かばたの話で、誰もが目を見はるのが、端池の住人です。多くの家の端池には、鯉が泳いでいます。飼われている、というより、働いている、と言ったほうが近いかもしれません。

食器についた米粒や、鍋の残り物は、端池に沈むと、鯉たちがきれいに食べてしまいます。つまり鯉は、生ごみの掃除役です。鯉が食べてくれるから、水路へ出ていく水は、汚れをほとんど持ちません。人の食べ残しが、魚の糧になり、水は清らかなまま次へ渡る。台所の流しのなかに、小さな生態系の循環が、組みこまれているのです。

これは、見た目に愛らしいだけの話ではありません。考え方の根本が、現代の台所と逆向きです。現代の台所は、汚れた水を「排水」として、見えないところへ送り出します。かばたは、汚れを「次のいのちの糧」として、その場で循環に渡します。捨てるのではなく、手渡す。水と暮らすことの年季が、この発想の違いに表れています。

上流の暮らしが、下流に届く

そして、かばたの暮らしのいちばん深いところには、ひとつの自覚があります。自分の家のかばたを出た水は、水路を流れて、下流の家々のわきを通り、村を貫いて、琵琶湖へ行く。つまり、自分の水の使い方は、やがて、下流の誰かに届く、という自覚です。

針江の水路は、村の家々をつないで流れています。上流の家が水を汚せば、下流の家の水辺が汚れます。だから、誰に言われるまでもなく、汚さない。洗剤を流さない、ごみを入れない、かばたと水路の手入れを怠らない。この倫理は、規則というより、暮らしの呼吸のようなものとして、受け継がれてきました。村の人びとは、湧き水を「いただきもの」「預かりもの」として語ります。山からの水を、しばらく預かり、できるだけ清らかなまま、次へ——下流へ、琵琶湖へ——お返しする、というのです。

水は誰のものか。針江の暮らしは、こう答えているように見えます。水は、私のものではない。山から琵琶湖までの、大きなめぐりの途中を、私の家が少しのあいだ預かっているだけだ、と。所有ではなく、預かり。この感覚が、平成の名水百選にも選ばれた清らかさを、何百年も保ってきました。

水の里と、里山

姉の蔵書「庭の人文誌」では、日本の里山を、人の暮らしと自然がひとつにつながった風景として描きました。針江は、その水の側の対、いわば「水の里」です。

里山では、雑木林の手入れが、薪と肥料と生き物のにぎわいを、いっしょに支えていました。針江では、かばたの手入れが、飲み水と台所と魚たちの暮らしを、いっしょに支えています。どちらも、自然を使いながら、使うことそのものが自然を保つかたちになっている。使うことと守ることが、対立していないのです。そして、どちらも「手入れをやめれば失われる」という点まで、同じです。かばたの暮らしもまた、完成して終わるものではなく、毎日の小さな世話によって、生かされつづけているのです。

かばたが伝えるもの

針江のかばたは、私たちに、水を分かち合う暮らしの、生きた現在形を見せてくれます。

それは、湧き水を、飲み水から洗い水へと段階を踏んで使い切り、鯉の働きとともに、清らかなまま川へ還す仕組み。上流の使い方が下流に届くことを、誰もが知っている暮らし。そして、水を所有物ではなく、めぐりの途中の預かりものとみなす感覚です。前回見た、水を分ける掟が、争いを防ぐための知恵だったとすれば、かばたは、その掟が暮らしの呼吸にまで溶けこんだ、ひとつの到達点だと言えるでしょう。

次回は、第IV部の締めくくりです。村のなかで水を分かち合う世界から、一転して、流域の外から水を運んでくる、近代の大事業へ。明治の京都を生まれ変わらせた、琵琶湖疏水の物語です。


参考にした資料

  • 針江生水の郷委員会(かばた・生水の暮らしの公式解説) https://harie-syozu.jp/about/
  • ミツカン 水の文化センター 機関誌『水の文化』60号「特集 水の守人」所収「『カバタ』の暮らしを守る住民たち ── 琵琶湖畔の湧水文化」(2018) https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no60/06.html
  • 環境省「平成の名水百選 ── 針江の生水」/文化庁 日本遺産「琵琶湖とその水辺景観」

── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。

📖 「流域の人文誌」(目次)へ戻る

同じことを考えている、近くの棚: