大水が、世界を呑みこむ。神に選ばれたわずかな者だけが、舟で生きのびる。——この筋書きの物語を、あなたはきっと、ひとつは知っているはずです。旧約聖書の、ノアの方舟です。
ところが、この物語には、よく似た兄がいました。いや、兄どころか、もっと古い親類縁者が、何人もいたのです。今回は、その発見の物語と、世界中に広がる大洪水神話の系譜をたどります。そこには、川とともに生きた人類の、いちばん深いおそれが刻まれています。
1872年、大英博物館で
発見の舞台は、十九世紀のロンドンです。大英博物館に、ジョージ・スミスという研究者がいました。彼は、メソポタミアの遺跡から運ばれてきた、おびただしい数の粘土板を、こつこつと解読していました。粘土板に刻まれていたのは、楔形(くさびがた)文字。当時、ようやく読めるようになりはじめた、古代の文字です。
1872年、スミスは、一枚の粘土板の上に、信じがたいものを見つけます。大水が世界を覆い、ひとりの男が舟で生きのび、水が引いたかどうかを確かめるために、鳥を放つ——ノアの方舟と、骨格のそっくり同じ物語が、聖書よりもはるかに古い時代の粘土板に、刻まれていたのです。発見の瞬間、スミスは興奮のあまり、部屋を駆けまわって服を脱ぎはじめた、という逸話まで伝えられています。真偽はともかく、それほどの衝撃だった、ということでしょう。聖書の物語が、最古の物語ではなかった。この発見は、当時のヨーロッパを揺るがせました。
ウトナピシュティムの方舟
スミスが見つけたのは、ギルガメシュ叙事詩と呼ばれる、メソポタミアの長編物語の一部でした。粘土板に刻まれた、人類最古級の文学です。
その物語のなかで、大洪水を生きのびた男の名は、ウトナピシュティムといいます。語られる筋は、こうです。神々は、あるとき、大洪水で人類を滅ぼすことを決めました。けれど、知恵の神が、ウトナピシュティムにこっそりと警告し、大きな舟を造らせます。彼は、家族と、職人たちと、あらゆる生き物の種を舟に乗せました。やがて、すさまじい嵐が襲い、大水が大地を覆いつくします。その光景のすさまじさに、神々自身がおびえた、と詩は語ります。嵐がやみ、舟が山の頂にとどまると、ウトナピシュティムは、鳩を放ち、燕を放ち、最後に烏を放って、水が引いたことを確かめました。
舟、生き物たち、山頂への漂着、放たれる鳥。ノアの物語と、見間違えようのない一致です。そして、ギルガメシュ叙事詩のほうが、聖書の成立より、何百年も古いのです。
さらに古く ── 物語の、水源へ
しかも、系譜は、そこで終わりませんでした。その後の研究で、ギルガメシュ叙事詩の洪水の場面にも、さらに古い元があることが、わかってきたのです。
アトラハシス叙事詩と呼ばれる、より古いバビロニアの物語には、神々が人類の立てる騒音にいらだって洪水を起こす、というくだりがあります。さらにさかのぼると、シュメールの物語に行き着きます。そこで洪水を生きのびる男の名は、ジウスドラ。粘土板はいたんでいますが、敬虔な王が神のお告げで大水を生きのびる、という骨格は、はっきり読みとれます。ジウスドラからアトラハシスへ、アトラハシスからウトナピシュティムへ、そしてノアへ。ひとつの物語が、千年を超える時間のなかで、語り直されながら流れくだってきた——そのような系譜が、見えてきたのです。
ただし、ここは慎重に言う必要があります。聖書のノアの物語が、メソポタミアの物語を直接の源として書かれたのか、それとも、両者がともに、さらに古い共通の伝承を汲んでいるのか。学者のあいだでも、見方は分かれています。確かなのは、物語どうしが深い親類関係にあること、そして、その家系の故郷が、あのティグリス・ユーフラテスの土地だ、ということです。
なぜ、世界中に洪水の物語があるのか
思い出してみてください。第II部のはじめに見た、メソポタミアの川の気性を。ティグリスとユーフラテスは、いつ、どれほどあふれるか読みがたい、気まぐれな川でした。実りをもたらす同じ水が、ある日、すべてを呑みこむ。洪水神話の家系が、この土地に生まれたのは、偶然ではないように思えます。物語は、実際に大地を洗った水の、記憶の沈殿なのかもしれません。
いっぽうで、大洪水の物語は、メソポタミアと聖書の系譜だけのものではありません。ギリシャにも、インドにも、中国にも、アメリカ大陸の先住民の伝承にも、姿かたちを変えた洪水の物語があります。それらすべてがひとつの源から広まったと考えるのは、むずかしいでしょう。むしろ、川や海とともに生きる人びとが、それぞれの土地で、水のおそろしさを物語に結晶させた、と見るほうが自然かもしれません。どちらにせよ、底にあるものは同じです。水は、世界を育てる。そして水は、世界を消すことができる。その両義性への、深いおそれと敬いです。
洪水神話が伝えるもの
洪水神話の系譜は、私たちに、水と人との付き合いの、いちばん暗い淵を見せてくれます。
それは、めぐみの水が、ある日、滅びの水に変わるという、川辺の暮らしの根源の不安。その不安が、千年を超えて語り直されるほど、深く人類に刻まれていたこと。そして、物語の故郷が、実際に気まぐれな大河のほとりだった、ということです。治水の技術がどれほど進んでも、この物語が語り継がれてきたのは、水のおそろしさを忘れた文明から先に滅びる、と人びとがどこかで知っていたからかもしれません。
次回は、舞台を日本に移します。日本の水辺には、ガンガーのような大女神でも、ノアのような大洪水でもない、もっと身近で、もっと不思議な存在たちが住んでいました。水神と、龍と、そして河童です。
参考にした資料
- Encyclopaedia Britannica「Epic of Gilgamesh(ギルガメシュ叙事詩・ウトナピシュティムの洪水)」 https://www.britannica.com/topic/Epic-of-Gilgamesh
- 大英博物館「The Flood Tablet(洪水の粘土板・K.3375/ジョージ・スミスによる1872年の解読)」 https://www.britishmuseum.org/collection/object/W_K-3375
- 矢島文夫 訳『ギルガメシュ叙事詩』(ちくま学芸文庫) ほか、アトラハシス・ジウスドラ伝承の解説
- ジョージ・スミスは1872年12月3日、英国聖書考古学協会の会合で洪水板の解読を公表(大英博物館勤務当時)
── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。
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