流域地図、住所を流れで言い換える

ここまでで、大地が、分水嶺に囲まれた無数の集水域の入れ子でできている、という話をしました。では、自分の住んでいる場所が、どの流域に属しているのかは、どうすればわかるのでしょうか。今回は、それを描き出す道具、流域地図を取り上げます。

これは、たんなる地理の作業ではありません。住所を、流れで言い換えてみる。たったそれだけのことで、自分の居場所の感覚が、静かに、けれど深く、変わっていきます。

住所を、流れで言い換える

ひとつの、印象的な挿話があります。生態学者の岸由二は、1991年、横浜の日吉にある大学のキャンパスに移ってきたとき、自分の居場所を、行政の住所で言いあらわすことに、強い違和感をおぼえたといいます。何県何市何丁目という言い方が、どうにも、気持ちが悪い。そこで彼は、自分の住所を、こう言い換えてみました。

本州の、多摩三浦丘陵の、鶴見川流域の、そのなかの矢上川という支流の流域の、ほとり。

つまり、人の引いた区画ではなく、大地のかたちと水の流れで、自分の場所を名指したのです。すると、それまでバラバラだったものが、つながって感じられた、と岸は語っています。自分の立っている足もとの土地が、丘陵の尾根や、近くを流れる川や、その先の海と、ひとつづきのものとして、体の感覚で結びついた。住所は、所属する役所を教えてくれます。けれど流域の言い換えは、自分がどんな大地の、どんな水の流れのなかに住んでいるのかを、教えてくれるのです。

流域地図の、作り方

この言い換えは、誰にでもできます。必要なのは、特別な道具ではなく、ちょっとした手順だけです。岸由二は『「流域地図」の作り方』という本で、その方法を案内しています。骨子は、こうです。

まず、自分の家の近くで、いちばん身近な川か、水路を見つけます。どんなに小さな流れでもかまいません。次に、その水が、どこへ流れていくかを、地図の上で追いかけます。小さな流れは、やがて名前のある川に合流し、その川はさらに大きな川へ、そして海へとつながっていくはずです。これで、自分が「どの川の流域にいるか」がわかります。最後に、逆向きの作業をします。自分の家のまわりで、土地のいちばん高い連なり、つまり尾根を探して、たどっていくのです。その尾根の線が、あなたの流域のふち、分水嶺です。

いまは、国土地理院の地図をインターネットで眺めれば、土地の高低を色分けして表示することもできます。画面の上で、自分の町の谷筋と尾根筋を追っていくだけでも、流域のかたちは見えてきます。けれど、できれば一度、実際に歩いてみることを、おすすめします。坂を上り、下り、水路をのぞきこむ。足の裏で起伏を感じながらたどった流域は、地図で見ただけの流域とは、まるで手ざわりが違います。

母地図 ── 暮らしと地形の記憶

岸由二は、この流域地図のことを、「母地図」とも呼んでいます。暮らしと地形の記憶を載せた、おおもとの地図、という意味です。

ふだん私たちが使う地図は、道路と建物の地図です。目的地までの最短経路を教えてくれる、便利な道具です。けれどその地図には、土地の起伏も、水の流れも、ほとんど描かれていません。大地が、のっぺりとした平面として扱われています。一方、流域地図は、土地を、雨が降り、水が流れ、生き物が暮らす、立体的な生命の場として描きます。どこが谷で、どこが尾根か。水はどこに集まり、どこへ抜けていくか。昔、田んぼだった低地はどこで、洪水のときに水が来やすいのはどこか。そうした、暮らしの土台になる記憶が、流域地図には畳みこまれています。

道路の地図が「人間の都合の地図」だとすれば、流域地図は「大地の都合の地図」です。母地図という呼び名には、人間の地図のさらに下に、それを支えるおおもとの一枚がある、という感覚がこめられています。私たちの暮らしは、気づかないうちに、ずっとこの母なる一枚の上に載っていたのです。

流域地図が伝えるもの

流域地図という道具は、私たちに、居場所のもう一つの言いあらわし方を与えてくれます。

それは、住所という区画の名前ではなく、丘陵と川と海の連なりのなかの一点として、自分の場所を名指すこと。地図の上で水を追いかけ、尾根をたどれば、誰にでも作れること。そして、その一枚が、道路地図の下に隠れていた、暮らしと地形の記憶——母地図——を浮かびあがらせてくれることです。住所を流れで言い換えたとき、私たちは、役所への所属ではなく、大地への所属を、言葉にしはじめています。

すると、いよいよ、最初の問いに正面から向き合うときが来ます。私たちは、どの流域に属しているのか。そして、属している、とは、そもそもどういうことなのか。次回は、第I部の締めくくりとして、この「帰属」の問いを考えます。


参考にした資料


── この章は、蔵書「流域の人文誌」の一冊です。

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