庭を、手放す。リワイルディングと、長い旅のおわりに
いよいよシリーズ全体の最後の回です。これからの庭は、自然に委ね、生き物に庭をひらく方へ少しずつ歩いてきました。その先にあるのは、受けとめるのでも世話をするのでもなく、手放す庭。人は、庭を手放すことに、何を求めるのでしょうか。
blogいよいよシリーズ全体の最後の回です。これからの庭は、自然に委ね、生き物に庭をひらく方へ少しずつ歩いてきました。その先にあるのは、受けとめるのでも世話をするのでもなく、手放す庭。人は、庭を手放すことに、何を求めるのでしょうか。
blogこれからの庭は、土や植物や生き物に目を向けてきました。今回向き合うのは、水です。雨を流し去るのではなく、庭に受けとめて地中へかえす。レインガーデンと雨庭は、小さな庭を、どうやって流域という大きな世界へつないでいくのでしょうか。
blog土のなかの見えない生命に庭をゆだねる。その委ねるをもう一歩進めると、庭と農の境い目が、すっかり溶けてしまいます。耕さず、たくさんの植物を混ぜ、生態系にまかせる。日本で育った自然農と協生農法は、私たちに何を教えてくれるのでしょうか。
blog前回までは、地面の上の話でした。今回は、目を地面の下へと向けます。土のなかでは、無数の見えない生命が休みなく働いています。耕すことさえ問いなおし、その見えない生命に庭をゆだねるとは、足もとで、いったい何が起きているのでしょうか。
blog前回は、人が食べるための庭でした。今回は、その向きを変え、虫や鳥のために食べものを用意する庭を見ていきます。庭の良し悪しを、どれだけ虫の幼虫を育てられるかではかる。そんな思いきったものさしは、私たちに何を問いかけているのでしょうか。
blogこれまでの庭は、おもにながめるための庭でした。そこに、食べるという目的が加わります。森のように木々を積み重ね、果実を実らせる食べられる庭。その出発点にあった、たった一人の家族を思う物語とは、どんなものだったのでしょうか。
blog前回の庭は、植物の群れに落ち着き先を委ねる庭でした。その委ねるを、もう一歩進めるとどうなるのでしょう。種をまいて草原そのものを立ち上げる試みと、水を一滴もやらずに育てる庭。芝生とは正反対のその庭は、私たちに何を見せてくれるのでしょうか。
blog前回は、フランスの「動いている庭」を見ました。ほぼ同じころ、オランダのピート・アウドルフが生んだのは、花の盛りではなく、枯れていく姿にこそ美を見いだす庭でした。枯れてなお美しいとは、私たちの庭の見方を、どう変えていくのでしょうか。
blogこれからの庭を貫く態度を、「委ねる」という言葉でとらえました。その委ねるを、もっとも純粋なかたちでつらぬいた庭師が、フランスのジル・クレマンです。植物が勝手に芽を出し、年ごとにすがたを変える「動いている庭」とは、どんな庭なのでしょうか。
blogいよいよ、このシリーズの最後の部です。いま、この時代に、これまでとは考え方の違う庭が、世界のあちこちで静かに芽吹いています。支配する庭から、自然と協働する庭へ。その大きな転回は、これからの庭に、何を伝えているのでしょうか。