雨をめぐる庭、レインガーデンから流域へ

これまで見てきた、これからの庭は、土や、植物や、生き物に、目を向けてきました。今回向き合うのは、水です。雨を、やっかいなものとして流し去るのではなく、庭に受けとめて、地中へかえす。レインガーデン、そして雨庭と呼ばれる庭の世界を見ていきます。

この庭は、もう一つ、大切な役目を持っています。小さな庭を、都市や、流域という、はるかに大きな世界へと、つなぐ役目です。今回は、その入口まで、たどってみます。

雨を、流さずに受ける ── レインガーデン

レインガーデンの考え方は、1990年ごろ、アメリカで生まれました。中心になったのは、メリーランド州の、ある郡の技師たちです。

それまで、都市に降った雨は、屋根や道路から、いっきに排水管へと集められ、川や海へ流されていました。けれど、そのやり方には、問題がありました。短い時間に大量の水が流れ込んで、川があふれ、水の汚れも、いっしょに運ばれてしまうのです。そこで彼らは、発想を変えました。雨水を、すぐに流すのではなく、植物を植えた、浅いくぼみに、いったん受けとめる。そして、ゆっくりと地中へしみこませる。これが、レインガーデンです。

この庭が、どんな思いから生まれたかが、印象に残ります。たとえば、アメリカ北西部のシアトルでは、住宅街の道路に、こうした雨の庭を連ねる試みが行われ、雨水の流れ出る量が、大きく減りました。公式の観測では、街路から流れ出る雨水の、九割以上が減ったと報告されています。その動機の中心にあったのは、川にもどってくるサケを、守ることでした。庭が、海の魚の命と、つながっている。雨をめぐる庭は、自分の敷地のことだけでなく、川や、海や、そこに生きる生き物までを、視野に入れた庭だったのです。

雨庭 ── 枯山水の、機能的な再発見

この考え方は、世界へ広がりました。イギリスでは、都市の雨水を、自然に近いかたちで受けとめ、ためて、きれいにしてから流す、体系的な仕組みも整えられていきます。そして、日本にも、独自のかたちで根づきました。雨庭です。

ここで、おどろくべきことがあります。京都市は、近年、市内に雨庭を整備していますが、それを進めた研究者たちは、米欧のレインガーデンを、日本に昔からあった庭の技法と、結びつけて考えたのです。じつは、日本の庭は、もともと、雨水を敷地のなかで受けとめ、地中へかえす工夫を、いくつも持っていました。第III部で見た、枯山水を、思い出してみてください。ものによっては、その砂や石組みの下に、雨水を受けて地中へかえす働きが備わっていたことが、京都の相国寺の庭などの実測研究で、確かめられています。雨庭は、海外からの輸入品というより、日本の庭が、もともと持っていた知恵の、翻案であり、再評価でもあったのです。雨の多い日本の風土にこそ、この庭は、深く合っています。

庭から、流域へ ── ひとつの蝶番

そして、ここに、このシリーズにとって、大切な蝶番があります。

レインガーデンや雨庭という、一つの庭の、小さなくぼみ。じつは、その考え方は、もっと大きなものと、地続きです。「グリーンインフラ」、つまり、自然の力を、社会の基盤として生かす考え方。さらには、「流域治水」、つまり、川の流域全体で、水を受けとめ、洪水を防ごうとする考え方。日本でも、こうした言葉が、近年、国の計画のなかに登場するようになりました。一軒の庭の雨のくぼみと、国土全体の治水とが、じつは、同じ思想の、いちばん小さな単位と、いちばん大きな単位なのです。

第I部で見た、古代の灌漑を思い出してみてください。あのとき人は、水を囲い込み、制御することで、文明をきずきました。雨をめぐる庭は、その反対です。水を囲い込むのではなく、受けて、しみこませ、流れにかえす。庭の囲いを、水に向かってひらく。そして、その庭は、自分一つで完結せず、流域という、もっと大きな水の物語へと、つながっていきます。ただし、断っておけば、これも、人が庭に求めるものの、たった一つの答えではありません。雨をめぐる庭は、庭を、より大きな世界へつなぐ、一つの入口なのです。

雨をめぐる庭が伝えるもの

雨をめぐる庭は、私たちに、庭の、思いがけない広がりを見せてくれます。

それは、雨を、流し去るやっかいものではなく、受けとめ、地中へかえす、めぐみとしてとらえる庭。自分の敷地だけでなく、川や、魚や、流域という、大きな水の循環のなかに、身を置く庭です。そして、日本では、それが、枯山水という古い知恵の、再発見でもありました。囲い込みで始まった庭が、ここでは、水に向かって、その囲いを、そっとひらいています。

さて、第VIII部も、いよいよ最後の一回となりました。次回は、これからの庭の、もっとも思いきった姿を見ていきます。受けとめるのでも、世話をするのでもなく、手放す。庭を、半分、野生に還す。そして、囲い込みから始まったこの長いシリーズが、囲いをほどくところで、静かに幕を閉じます。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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