前回までは、地面の上の話でした。今回は、目を地面の下へ向けます。土のなかでは、目に見えない無数の生命が、休みなく働いています。その見えない生命に、庭をゆだねる。それが、今回見ていく庭の中心にある考え方です。
これまで、土を耕すことは、よい庭仕事の基本中の基本とされてきました。ところが、これからの庭は、その「耕す」ことさえ問い直しはじめています。
耕さないという反転 ── ノーディグ
イギリスのチャールズ・
ふつう、畑や庭をはじめるときは、まず土を深く掘り返します。それがよい土をつくる第一歩だと、長く信じられてきました。ダウディングは、その常識をひっくり返します。掘り返すこと自体が、土のなかの生命のつながりを壊してしまうのではないか、と。
そこで彼は、土を掘らず、表面に堆肥をふとんのように重ねていくだけにしました。すると、地中の生き物たちが、その堆肥をゆっくり土へ変えていきます。雑草は出にくくなり、土は年ごとにふかふかと豊かになっていきました。
ここには、はっきりとした反転があります。人が掘って土をつくるのをやめ、土のなかの生命に土をつくらせる。人がするのは、その生命に餌となる有機物を与え、あとは見えない働きにまかせること。これも、これまで見てきた「委ねる」の一つのかたちです。
土壌食物網 ── 見えない生命の網
なぜ、掘らないほうが土が豊かになるのでしょうか。その答えは、土のなかに広がる、おどろくべき生命の網にあります。
ひとつまみの土のなかには、目に見えない膨大な数の生き物がいます。細菌、菌類、小さな虫、ミミズ。それらが、たがいに食べ、食べられながら、つながり合っています。土を研究する人たちは、この見えないつながりを「土壌食物網」と呼びました。植物は、この網の働きによって養分を受けとっています。健康な土とは、ただの茶色い土くれでなく、無数の生命が暮らす、ひとつの生態系なのです。
だから、これからの庭では、植物に直接肥料を与える前に、まず土のなかの生命を養うことを大切にします。土を養えば、土が植物を養ってくれる。
「植物より、土を養う」という発想には、もっと古い源流もあります。1924年、思想家のルドルフ・
土中環境 ── 水と空気の通り道
この「土を生かす」という考えを、日本の風土のなかで深くとらえ直した人がいます。造園家の高田宏臣です。彼の鍵となる言葉が「土中環境」です。
土中環境は、土のなかの水や空気、菌糸や微生物までをひっくるめた、生態系の全体を指します。高田がとりわけ大切にするのが、土のなかを水と空気がよどみなく流れているか、という点です。雨水がしみこみ、空気が通い、菌糸が広がる。その流れが大地を息づかせ、木の根を深く伸ばす、と高田は考えます。反対に、地面がふさがれたり踏み固められたりすると、雨はしみこまず、根に届く空気も減っていきます。
高田が取り組むのは、その流れをもう一度ひらき直すことです。炭や枝や落ち葉を使って、地中に水と空気の通り道をつくる。手本は、昔の土木の技にあります。たとえば石垣。かつての石垣は、水と空気の通りを損なわない積み方をしていた、と高田は書いています。
この手当ては、土の研究とも重なります。雨がしみこむとき、水は、根の跡や生き物が通ったあとのような大きなすき間を通って、速く流れることがある。水がしみこみにくくなった土に人工のすき間をつくると、しみこみが速まり、土の有機物が増えた、という研究もあります。いっぽうで、こうした手当てが山から川まで土地全体の水を変える、という高田の見立ては、まだこれから確かめていく段階です。
土の上に何を植えるかに加えて、土の下に流れをひらく。第VIII部のはじめに、これからの庭は「囲いをほどき、流れを通す」方へ向かう、と書きました。土中環境は、その流れを、地面の下で実現しようとする試みです。
土に委ねるが伝えるもの
土に委ねる庭は、庭のいちばん深いところを見せてくれます。
庭のいのちは、目に見えない地面の下で営まれていること。人がするのは、土をつくる生命を養うことであること。そして、その土は完成することなく、生きた働きによってつくられつづけること。第VII部で見た「終わらない庭」は、ここでは、生まれつづける土のすがたになっています。
掘り、固め、ふさいできた土を、もう一度ゆるめ、ひらき、生命と流れに委ねる。それが、これからの庭の、足もとの態度です。
参考にした資料
- Charles
Dowding 『No Dig: Nurture Your Soil to Grow Better Veg with Less Effort』 (DK , 2022)/ 公式 https:// charlesdowding .co .uk/ - 高田宏臣
『土中環境 ── 忘れられた 共生のまなざし、 蘇る 古の 技』 (建築資料研究社, 2020) - 小林政広・
釣田竜也・ 吉永秀一郎 「森林土壌の 乾燥と 水の 通り道」 (森林総合研究所 『平成18年度 研究成果選集』 , 2006) https:// www .ffpri .go .jp/ pubs/ seikasenshu/ 2006/ documents/ p56-57 .pdf - 森也寸志
「人工マクロポアによる 土壌水下方浸透の 促進と 有機物蓄積による 劣化土壌環境の 修復」 (岡山大学× SDGs) https:// sdgs .okayama-u .ac .jp/ efforts/ index .php ?c= efforts _view& pk= 282 - Wikipedia
「Soil food web (土壌食物網)」 https:// en .wikipedia .org/ wiki/ Soil _food _web - ルドルフ・
シュタイナー 『農業講座 (Agriculture Course , コーベルヴィッツ, 1924)』/ Wikipedia 「Biodynamic agriculture (批判を 含む 両論)」 https:// en .wikipedia .org/ wiki/ Biodynamic _agriculture
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