土に、委ねる。見えない生命の庭

前回までは、地面の上の話でした。今回は、目を、地面の下へと向けます。土のなかでは、無数の、目に見えない生命が、休みなく働いています。その見えない生命に、庭をゆだねる。それが、今回見ていく庭の、中心にある考え方です。

これまで、土を耕すことは、よい庭仕事の、基本中の基本とされてきました。ところが、これからの庭は、その「耕す」ことさえ、問いなおしはじめています。

耕さない、という反転 ── ノーディグ

イギリスのチャールズ・ダウディングという人が、1982年から、ある方法を広めてきました。ノーディグ、つまり「土を掘らない」庭づくりです。

ふつう、畑や庭をはじめるとき、まず土を深く掘り返します。それが、よい土をつくる第一歩だと、長く信じられてきました。けれどダウディングは、その常識を、ひっくり返します。じつは、掘り返すこと自体が、土のなかの生命のつながりを、壊してしまうのではないか、と。そこで彼は、土を掘らず、表面に堆肥を、ふとんのように重ねていくだけにしました。すると、地中の生き物たちが、その堆肥を、ゆっくりと土へと変えていきます。雑草は出にくくなり、土は、年ごとに、ふかふかと豊かになっていったのです。

ここには、はっきりとした反転があります。「人が、掘って、土をつくる」のではなく、「土のなかの生命に、土をつくらせる」。人がすることは、その生命に、餌となる有機物を与え、あとは、見えない働きに、まかせること。これも、これまで見てきた「委ねる」の、一つのかたちです。

土壌食物網 ── 見えない生命の網

なぜ、掘らないほうが、土が豊かになるのでしょうか。その答えは、土のなかに広がる、おどろくべき生命の網にあります。

ひとつまみの土のなかには、目に見えない、膨大な数の生き物がいます。細菌、菌類、小さな虫、ミミズ。それらが、たがいに食べ、食べられながら、つながり合っています。土を専門に研究する人びとは、この見えないつながりを、「土壌食物網」と呼びました。植物は、じつは、この網の働きによって、養分を受けとっています。健康な土とは、ただの茶色い土くれではなく、無数の生命が暮らす、ひとつの生態系なのです。だから、これからの庭では、植物に直接、肥料を与えるよりも、まず、この土のなかの生命を養うことを、大切にします。土を養えば、土が、植物を養ってくれる。

じつは、「植物ではなく、土を養う」という発想には、もっと古い源流もあります。1924年、思想家のルドルフ・シュタイナーは、農場をひとつの生命体ととらえ、土を、植物の消化器官のようなものだと説きました。ただし、その教えには、宇宙のリズムや独特の調合剤といった、科学では確かめにくい世界観も含まれています。そのため、ここでは、その効き目を断定はせず、「土そのものを生かす」という直観が、ずいぶん早くから語られていた、という事実だけを、書きとめておきます。

土中環境 ── 水と空気の、通り道

この「土を生かす」という考えを、日本の風土のなかで、深くとらえなおした人がいます。造園家の高田宏臣です。彼の鍵となる言葉が、「土中環境」です。

土中環境とは、土のなかの、水や空気、菌糸や微生物を含む、生態系の全体のことです。高田が、とりわけ大切にするのが、土のなかを、水と空気が、よどみなく流れているか、という点です。健康な土は、呼吸しています。雨水がしみこみ、空気が通い、菌糸が広がる。その流れがあってこそ、木の根は深く伸び、いのちが受け渡されていく。ところが、近代の土木は、コンクリートやアスファルトで地面をふさぎ、この「大地の呼吸」を、あちこちで断ち切ってしまいました。

高田が取り組むのは、その流れを、もう一度ひらきなおすことです。グリ石や、炭や、枝を使って、地中に水と空気の通り道をつくる。これは、じつは、日本に古くからあった、有機的な土木の知恵でもあります。土の上に何を植えるかだけでなく、土の下に、流れをひらく。第VIII部のはじめに、これからの庭は「囲いをほどき、流れを通す」方へ向かう、と書きました。土中環境は、その流れを、地面の下で実現しようとする試みなのです。

土に委ねるが伝えるもの

土に委ねる庭は、私たちに、庭のいちばん深いところを見せてくれます。

それは、庭のいのちが、じつは、目に見えない地面の下で、営まれているということ。人は、土をつくるのではなく、土をつくる生命を、養うのだということ。そして、その土は、けっして完成せず、生きた働きによって、たえずつくられつづけるということです。第VII部で見た「終わらない庭」は、ここでは、終わることなく生まれつづける、土のすがたとして、立ちあらわれています。掘り、固め、ふさいできた土を、もう一度、ゆるめ、ひらき、生命と流れに委ねる。それが、これからの庭の、足もとの態度です。

次回は、この流れを、もう一歩進めます。土に委ねるその先で、庭と農の境い目が、すっかり溶けていく。日本の自然農と、協生農法の世界です。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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