前回の食べられる庭は、人が食べるための庭でした。今回見ていくのは、その向きを、思いきって変えた庭です。人ではなく、虫や鳥のために、食べものを用意する庭。庭の主役を、人から生き物へとゆずる、多自然ガーデンの世界です。
この考え方は、私たちが「良い庭」とするものさしを、根もとからくつがえします。中心にいるのは、アメリカの昆虫学者、ダグ・タラミーです。
庭の良し悪しを、何ではかるか
タラミーは、2007年の著書で、ひとつの問いを投げかけました。庭の良し悪しを、何ではかるべきか、という問いです。
これまで、庭の評価は、もっぱら「人にとって、どれだけ美しいか」でした。けれどタラミーは、まったく別のものさしを持ち出します。その庭が、「どれだけの虫の幼虫を育てられるか」です。なぜ、幼虫なのでしょうか。芋虫は、鳥のひなの、いちばん大切な餌だからです。芋虫が育たなければ、鳥も育たない。つまり、その庭が、どれだけの命を支えているかは、芋虫の数に、はっきりと表れるのです。
ここで、見落とされてきた事実が、浮かびあがります。よその国から持ち込まれた、見た目の美しい園芸植物は、地元の虫にとって、食べられないことが多い、という事実です。緑に見えても、地元の生き物には何の役にも立たない。タラミーは、それを「生態的な砂漠」と呼びました。美しいけれど、命を育てない庭。それは、本当に良い庭なのか。彼は、そう問いかけたのです。
キーストーン植物と、いのちの網
タラミーの研究は、もう一つ、おどろくべきことを明らかにしました。ごく一部の植物が、虫の餌の、大部分を支えている、ということです。
その土地に古くからある在来の植物、なかでも、ナラの仲間のような木は、けたはずれに多くの虫を養います。北アメリカでは、ナラの木一種が、じつに九百種をこえる芋虫の餌になる、と言われます。こうした、生態系の要となる植物を、キーストーン植物と呼びます。在来の植物が、芋虫を養い、芋虫が、鳥を養う。植物から虫へ、虫から鳥へと、いのちは、一本の網のようにつながっています。庭に在来の植物を植えることは、その、いのちの網の、いちばん根もとを支えることなのです。
逆に言えば、在来の植物が消えれば、この網は、ほどけてしまいます。だからこそ、何を植えるかが、決定的に大切になります。庭は、ただながめる飾りではなく、いのちの網を支える、土台になりうる。これが、虫のための庭の、中心にある考え方です。あわせて、蜂や蝶といった、花粉を運ぶ虫を招くために草花を選ぶ、送粉者のための庭づくりも、世界に広がっています。
私有地を、いのちに開く ── 囲い込みの逆
タラミーの考えは、もう一歩、大きく踏み出します。
彼は、こう呼びかけました。それぞれの家が、芝生の半分でも、在来の植物の茂る生息地に変えたなら、それを全部合わせると、巨大な国立公園に匹敵する広さになる、と。彼はこれを「自家製の国立公園」と名づけました。一軒一軒の、小さな私有地。それを、塀の内に閉じておくのではなく、いのちの網に、つなげていく。
ここに、このシリーズの根もとへの、強い反転があります。第I部で見たように、庭の本質は「囲い込み」、つまり世界から一区画を囲い取り、外の生き物を締め出すことでした。けれど、虫のための庭は、その逆を行きます。自分の庭を、まわりの生き物たちの世界へと、開いていく。私有地でありながら、生態的には、みんなのための公共の場になる。締め出す庭から、招き入れる庭へ。囲い込みで始まった庭の物語が、ここで、はっきりと裏返るのです。
日本の在来種で、考える
ただし、ここでも、立ち止まることが大切です。タラミーが調べた在来の植物や、キーストーンの木は、北アメリカのものです。そのリストを、そのまま日本に持ち込むことは、できません。
日本には、日本の在来の植物と、それを食べて育つ、日本の虫たちの網があります。クヌギやコナラといった、日本のナラの仲間は、日本のたくさんの虫を養う、こちらのキーストーンです。大切なのは、「在来の植物で、地元の虫を養う」という考え方そのものであって、植える植物は、その土地のものでなければなりません。そして、ここでもまた、思い出されるのは、里山です。日本の雑木林は、もともと、在来の木々が、無数の虫と鳥を養う、いのちの網そのものでした。虫のための庭という新しい考え方は、日本では、この里山のまなざしを、もう一度とりもどすことでもあるのです。
虫のための庭が伝えるもの
虫のための庭は、私たちに、庭というものの、もっとも大胆な見方を見せてくれます。
それは、庭を、人のための飾りではなく、いのちを育てる場としてとらえること。その良し悪しを、美しさではなく、支えている命の数ではかること。そして、自分の庭を、塀の内に閉じるのではなく、まわりのいのちの網へと、開いていくことです。これは、第VII部で見た「応えてくれる相手」という考えを、極限まで進めた庭だとも言えます。庭が、人に応えるのではなく、人が、虫や鳥という生き物たちの暮らしに、応える。そういう庭です。
次回は、目を、地面の下へと向けます。土のなかの、無数の見えない生命に、庭をゆだねる。ノーディグや土壌生命、そして日本の土中環境の世界です。
参考にした資料
- Douglas W. Tallamy『Bringing Nature Home』(Timber Press, 2007)/『Nature’s Best Hope』(Timber Press, 2019)
- Tallamy, D.W. & Shropshire, K.J.「Ranking Lepidoptera Use of Native Versus Introduced Plants」Conservation Biology, 2009(在来種が養う芋虫数の出所)
- Robert T. Paine「A Note on Trophic Complexity and Community Stability」American Naturalist, 1969(「キーストーン種」概念の原典)
- Homegrown National Park(自家製の国立公園・運動公式) https://homegrownnationalpark.org/
- Xerces Society「Pollinator Conservation」 https://xerces.org/pollinator-conservation
── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。
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