心に住む庭、描かれ、書かれてきた庭

前回まで、庭が、なぜ人を惹きつけ、どのように人を癒やすのかを、哲学と科学の面から見てきました。第VI部の最後となる今回は、もう一つの面に目を向けます。庭が、文学や芸術のなかで、どのように描かれ、思い描かれてきたか、という面です。

人は、はるか昔から、物語のなかに、絵のなかに、くり返し庭を描いてきました。そのことは、庭が、私たちの心のなかに、どれほど深く住みついているかを、物語っています。庭は、現実の土地であると同時に、人の想像力が宿る、特別な場所でもあったのです。

物語のなかの、庭

文学の歴史をふり返ると、庭は、くり返し、大切な舞台として登場します。

人類が失った、エデンの園。中世の、騎士たちが愛を語った、囲いの庭。日本の物語や和歌に描かれた、季節のうつろう庭。庭は、しばしば、物語のなかで、特別な意味を帯びた場所として描かれてきました。それは、楽園であり、人の心の象徴であり、愛の場であり、過ぎ去った時間や、失われた過去の、よりどころでもありました。

なぜ、これほどまでに、庭は描かれてきたのでしょうか。それは、庭が、人の心の、いちばん大切な何かを、映し出す器だからです。作家たちは、庭を描くことで、楽園への憧れや、失われたものへの思いや、心の奥の願いを、語ってきたのです。

「秘密の花園」、よみがえりの庭

庭を描いた物語のなかでも、とりわけ心に残るのが、「秘密の花園」という、20世紀のはじめに書かれた、児童文学です。

その物語の主人公は、心を閉ざした、さびしい少女です。彼女は、ある屋敷で、長いあいだ閉ざされ、荒れ果てた、秘密の庭を見つけます。そして、同じように心や体を病んだ少年とともに、その庭の手入れをはじめるのです。すると、ふしぎなことが起こります。荒れていた庭が、世話をされて、少しずつ生き返っていくにつれて、子どもたちの心と体もまた、いきいきとよみがえっていくのです。

この物語は、庭の持つ力を、みごとに描き出しています。荒れた庭をよみがえらせることが、そのまま、人をよみがえらせる。庭の世話と、人の回復とが、一つに重なり合っている。前回見た、緑が人を癒やすという科学的な事実が、ここでは、一つの美しい物語として、語られているのです。多くの人が、いまもこの物語に心を動かされるのは、私たちが、庭にそうした「よみがえりの力」を、心の底で信じているからかもしれません。

描かれてきた庭、モネの庭

庭は、絵画のなかにも、くり返し描かれてきました。

第I部で見た、エジプトの墓の庭園図。古代ローマの、壁いちめんに描かれた庭。ペルシャの、庭を織りこんだ絨毯。中国や日本の、山水を描いた絵。人は、どの時代にも、庭を絵に描き、そのなかに、理想の風景をとどめようとしてきました。

なかでも有名なのが、フランスの画家、モネの庭です。モネは、ジヴェルニーという土地に、自分で、池のある庭をつくり上げました。そして、その庭の、睡蓮の咲く水面を、来る日も来る日も、描きつづけたのです。ここでは、庭そのものが、画家の手による、生きた芸術作品でした。そして、その庭が、また絵に描かれる。モネにとって、庭をつくることと、絵を描くことは、分かちがたく結びついていました。彼は、暮らせる絵のような庭をつくり、そして、その庭を絵にしたのです。

庭は、心に住む

文学と芸術のなかの庭をたどってくると、一つのことが、はっきりと見えてきます。庭は、人の心のなかに、しっかりと住みついている、ということです。

私たちは、現実に庭を持っていなくても、心のなかに、理想の庭のイメージを、思い描くことができます。物語のなかの庭、絵のなかの庭、そして、いつか持ちたいと夢みる庭。庭は、私たちが、自分の願いや、憧れや、失われたものへの思いを、注ぎ込む器なのです。だからこそ、人は、何千年ものあいだ、飽きることなく、庭を描き、庭を夢みつづけてきたのです。

ここに、このシリーズの最後の問いへの、入り口があります。私たちは、庭という器に、いったい、何を注ぎ込んでいるのでしょうか。「庭が欲しい」と思うとき、私たちは、その庭に、どんな願いを、こめているのでしょうか。

文学・芸術の庭が伝えるもの

文学と芸術のなかの庭は、私たちに、庭が心に住む場所であることを、教えてくれます。

それは、楽園や、愛や、よみがえりや、失われた過去を映し出す、想像力の器でした。人は、現実の庭を持つよりずっと前から、心のなかに庭を描き、そこに、自分のもっとも深い願いを、こめてきたのです。庭は、土の上にあるだけでなく、人の心のなかにも、たしかに息づいています。

さて、第VI部では、人が庭に惹かれる理由を、哲学、科学、そして想像力の面から、見てきました。庭は、私たちの体に、心に、物語に、深く根ざしている。それほどまでに、庭は、人にとって大切なものでした。では、私たちは、その庭に、本当は何を求めているのでしょうか。いよいよ次の最終部、第VII部で、このシリーズの出発点だった、あの問いに、正面から向き合っていきます。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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