庭は、人を癒やすのか

前回まで、人が緑に惹かれる、深い理由を見てきました。それは、生まれつきの本能かもしれず、ふるさとの風景の記憶かもしれない。では、その自然は、実際に、人の心と体に、良い働きをするのでしょうか。

今回は、この問いに、科学がどう答えてきたかを見ていきます。じつは、近年の研究は、庭や緑が、人をたしかに癒やすことを、はっきりとした証拠とともに、示しはじめています。庭への憧れの奥には、本物の効きめが、隠れていたのです。

窓の外に、緑があるだけで

その出発点となった、有名な研究があります。1984年に、ロジャー・ウルリッヒという研究者が発表したものです。

彼は、手術を受けた患者たちを、二つのグループに分けて、回復のようすを比べました。一方の患者の病室の窓からは、木々の緑が見えます。もう一方の窓からは、レンガの壁しか見えません。すると、おどろくべき差があらわれました。窓から緑が見えた患者のほうが、入院する日数が短く、痛み止めを使う量も少なく、回復が早かったのです。

これは、たいへん大きな発見でした。ただ、窓の外に緑があって、それをながめられる。それだけで、人の体の回復が、はっきりと早まる。自然が人を癒やすという、これまで何となく感じられていたことに、科学的な裏づけが、はじめて与えられたのです。

なぜ、自然は心を回復させるのか

では、なぜ、自然は、人の心と体を回復させるのでしょうか。これを説明する、いくつかの考え方があります。

一つは、注意の回復、という考え方です。現代の暮らしは、仕事や、画面や、たえまない情報に、集中しつづけることを、私たちに求めます。この、がんばって集中する力は、使いつづけると、すり減って、疲れていきます。ところが、自然のなかに身を置くと、緑や、水の流れや、木もれ日が、力をいれずとも、ふっと私たちの注意を引きつけてくれます。すると、がんばって集中する力が、休まり、回復していくのです。公園を散歩すると、頭がすっきりするのは、このためだと考えられています。

もう一つは、ストレスがやわらぐ、ということです。自然のなかにいると、体の緊張がほどけ、ストレスを示す数値が下がることが、さまざまな研究で確かめられています。日本でも、森のなかで過ごす「森林浴」が、心と体に良いことが、研究されてきました。緑は、私たちの、はりつめた心と体を、静かにほどいてくれるのです。

園芸療法、世話をすることの力

さらに、緑をながめるだけでなく、自分で植物を育て、世話をすることには、もっと積極的な力があります。これを生かしたのが、園芸療法と呼ばれる試みです。

園芸療法では、植物を育てるという活動を、人の心や体を回復させるために、役立てます。心を病んだ人、体に障がいを負った人、お年寄り。そうした人びとが、土にふれ、種をまき、水をやり、植物が育つのを見守る。この営みが、さまざまな良い働きをするのです。毎日の世話には、生活のリズムが生まれます。植物が育つことには、達成の喜びがあります。土をいじることは、おだやかな運動になります。そして何より、生き物の世話をすることが、生きる張り合いを、もたらしてくれるのです。

ながめるだけでなく、自分の手で、生命を育てる。その関わりのなかに、人を回復させる、たしかな力があったのです。

庭が、応えてくれる、ということ

ここで、園芸療法の効きめの、いちばん深いところに、目を向けてみたいと思います。

植物を世話していると、植物は、それに応えてくれます。水をやれば、葉がいきいきとし、手をかければ、花を咲かせます。自分の働きかけに、相手が、たしかに応えてくれる。この感覚が、人の心を、深く支えるのです。自分のしたことが、ちゃんと意味を持っている。自分は、何かに必要とされている。植物の世話は、私たちに、そうした、生きる手ごたえを返してくれます。

現代の暮らしのなかで、私たちは、ときに、自分の行いが、何にも届いていないような、むなしさを感じることがあります。そんなとき、自分の手に、確かに応えてくれる、植物という相手の存在は、何ものにもかえがたいものになります。庭が人を癒やすのは、ただ美しいからだけではなく、そこに、自分の働きかけに応えてくれる、生命との関わりがあるからなのです。

緑の回復効果が伝えるもの

緑の回復効果をめぐる研究は、私たちに、大切な事実を教えてくれます。

それは、庭や自然が、人をたしかに癒やすという、確かな証拠でした。緑をながめるだけで、回復は早まり、注意は休まり、ストレスはやわらぐ。そして、植物を世話することは、生きる張り合いと、応えてくれる相手との関わりを、もたらしてくれる。庭への憧れの奥には、こうした、本物の効きめが、隠れていたのです。

人が庭を求めるのは、けっして、気のせいや、ぜいたくではありません。それは、私たちが、より健やかに生きるための、たしかな必要に、根ざしているのです。

次回は、第VI部の最後として、この庭が、文学や芸術のなかで、どのように描かれ、思い描かれてきたかを見ます。人が、庭に、どんな意味と物語をこめてきたのか。その想像力の歴史をたどります。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

📖 「庭の人文誌」(目次)へ戻る

同じことを考えている、近くの棚: