観葉植物の歴史(1)、小さなガラスの箱と、植物の狩人

前回まで、植物園と温室が、世界じゅうの植物をヨーロッパに集めた話をしてきました。今回は、その流れの先にある、観葉植物の文化のはじまりを訪ねます。遠い異国の植物を、自分の家のなかで育てる。この、いまではごく当たり前の楽しみは、どのようにして生まれたのでしょうか。

そこには、二つの立役者がいました。一つは、小さなガラスの箱。もう一つは、危険をかえりみず遠い土地へ植物を探しに行った、勇敢な人びとです。

ウォードの箱、偶然の発見

物語は、一つの偶然からはじまります。19世紀の前半、ロンドンに、ウォードという医師がいました。彼は、植物を愛する人でもありました。

あるとき、彼は、ガラスのびんのなかに、ある虫のさなぎを入れて、ふたを閉めておきました。すると、しばらくして、そのびんのなかの土から、シダの芽が生えてきたのです。しかも、密閉されたびんのなかで、そのシダは、水をやらなくても、元気に育ちつづけました。びんのなかの水分が、蒸発しては葉につき、また土にもどる、という具合に、ぐるぐると循環していたのです。

ウォードは、ここから、あることに気づきます。密閉したガラスの箱のなかでなら、植物は、外の悪い空気にもふれず、水やりの手間もなく、生きていける。彼にちなんで「ウォードの箱」と呼ばれるようになる、この小さなガラスの温室が、ここに生まれました。

植物が、海を越えられるようになった

このウォードの箱は、植物の歴史を、大きく変えました。

それまで、遠い異国の植物を、生きたままヨーロッパへ運ぶことは、たいへん難しいことでした。船での長い航海のあいだに、潮風や、温度の変化や、水不足で、ほとんどの植物が、枯れてしまったのです。せっかく珍しい植物を見つけても、運ぶ途中で死んでしまう。それが、長いあいだの悩みでした。

ところが、ウォードの箱があれば、話は違います。植物を、この密閉したガラスの箱に入れておけば、何か月もの航海のあいだも、生きたまま運べるのです。これによって、世界じゅうの植物を、生きたままヨーロッパへ持ち帰ることが、はじめて、安定してできるようになりました。植物は、ガラスの箱に守られて、海という大きな壁を、越えられるようになったのです。そして、この箱は、煤(すす)で汚れた都市の家のなかでも、植物を生かしておく道具にもなりました。

プラントハンターたち

ウォードの箱が、植物を「運ぶ」問題を解決したとき、もう一方で、植物を「見つけて、集める」人びとが、活躍していました。プラントハンター、つまり、植物の狩人と呼ばれる人びとです。

彼らは、まだヨーロッパに知られていない、珍しい植物を求めて、世界じゅうの、遠く、危険な土地へと、分け入っていきました。ヒマラヤの高い山々、中国の奥地、南北アメリカの森。そうした場所で、新しいツツジや、ランや、さまざまな植物を見つけ出し、ヨーロッパへと送り出したのです。

その旅は、たいへん危険なものでした。けわしい山、激しい川、病気、そして、慣れない土地での、さまざまな困難。新しい植物を探す途中で、命を落とした植物の狩人も、少なくありません。それでも、彼らは、まだ見ぬ植物を求めて、旅をやめませんでした。新しい緑への、あくなき欲望が、彼らを、世界の果てまで駆り立てたのです。

異国の緑が、家にやってくる

こうして、二つの力が、組み合わさりました。

植物の狩人たちが、世界の果てで、珍しい植物を見つけ出す。それを、ウォードの箱が、生きたままヨーロッパへ運ぶ。そして、温室や、家のガラスの部屋が、それを育てつづける。この三つがそろったことで、遠い異国の緑が、どっとヨーロッパへ流れ込んできました。

そして、人びとは、その珍しい緑を、植物園で眺めるだけでは、満足しなくなります。あの美しい異国の植物を、自分の家のなかにも置いて、毎日ながめ、育てたい。こうして、観葉植物という、新しい文化が、芽生えていったのです。庭を持たない人でも、家のなかで、遠い国の緑を育てられる。それは、緑との関わりの、まったく新しいかたちでした。

観葉植物のはじまりが伝えるもの

観葉植物のはじまりの物語は、私たちに、人と植物の関わりの、深いところを見せてくれます。

それは、偶然から生まれた、小さなガラスの箱の発明であり、命をかけて新しい緑を探した、植物の狩人たちの情熱であり、そして、遠い異国の緑を、自分のそばに置きたいという、人びとの強いあこがれでした。庭を持てなくても、家のなかに、世界じゅうの緑を呼び込める。観葉植物は、その夢を、かなえてくれるものだったのです。

次回は、この観葉植物への情熱が、社会全体をまきこむ大ブームになった話を見ます。ヴィクトリア朝のイギリスを熱狂させた、シダの流行から、現代の観葉植物ブームまで。人が室内の緑に求めてきたものを、たどっていきます。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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