植物園、知と帝国の庭

ここから第V部です。これまで、庭の大きな歴史の流れを、時代を追ってたどってきました。第V部では、いったんその流れを離れて、庭をかたちづくる、一つひとつの要素に目を向けます。植物園、温室、観葉植物、そして盆栽。これらの文化史をたどることで、人と植物の関わりを、また別の角度から見つめてみたいと思います。

最初に訪ねるのは、植物園です。これは、これまで見てきた、楽しみのための庭とは、少し性格の違う庭でした。それは、植物を研究し、世界じゅうから集めるための、知の庭であり、そして、帝国の庭でもあったのです。

薬草園から、学びの庭へ

植物園のはじまりは、第II部で見た、中世の修道院の薬草園にさかのぼります。痛みをやわらげ、傷を治す植物を育て、その知識を受け継いでいく場所でした。

やがてルネサンスの時代になると、この薬草園は、大学のなかに、新しいかたちで生まれ変わります。医学や植物学を学ぶ学生のために、さまざまな植物を集めて育て、観察する。そんな、学びのための庭がつくられたのです。イタリアのパドヴァには、16世紀の半ばにつくられた植物園が、いまも残っています。これは、大学の植物園として、世界でもっとも古いものの一つとされています。

ここで、庭は、美しさを楽しむ場所であるだけでなく、植物を科学的に研究するための場所になりました。植物を分類し、その性質を調べ、知識を体系づけていく。植物園は、いわば、生きた植物でできた、図鑑のような庭だったのです。

世界の植物を、集める

植物園が、大きく性格を変えていくのが、ヨーロッパが世界へと乗り出していった、大航海の時代以降です。

ヨーロッパの人びとは、世界じゅうの土地を探検し、植民地を広げていきました。そして、その先々で出会った、めずらしい植物を、つぎつぎと持ち帰ったのです。アフリカの、アジアの、南北アメリカの、見たこともない植物たち。それらは、ヨーロッパの植物園に集められ、育てられ、研究されました。

このころ、植物を整理するための、便利な分類の仕組みも生まれます。世界じゅうの植物に、共通のルールで名前をつけ、整理していく方法です。植物園は、こうして、世界じゅうの植物を一か所に集め、分類し、記録する、巨大な生きた百科事典になっていきました。一つの庭のなかに、世界じゅうの自然が、集められていったのです。

知と、帝国の庭

ここで、見すごせないことがあります。植物園は、たんに学問のための場所であっただけではありませんでした。それは、帝国の経済や支配と、深く結びついていたのです。

世界から集められた植物のなかには、たいへんな富を生むものがありました。ゴム、お茶、香辛料、そして、マラリアの薬になる植物。こうした、お金になる植物を、植物園で研究し、育て方を確かめ、そして、より都合のよい別の植民地へと移し替えて、大規模に栽培する。植物園は、こうした営みの、中心的な役割を果たしました。

イギリスのキュー王立植物園は、その代表です。世界じゅうに広がった大英帝国の、植物のネットワークの中心として、貴重な植物を、ある大陸から別の大陸へと動かす拠点になっていました。植物園は、世界の自然を知るための知の庭であると同時に、その自然を、富のために利用する、帝国の庭でもあったのです。庭には、こうした、力と支配の歴史も、刻まれています。

異国の緑への、あこがれ

植物園は、もう一つ、大切なものを生み出しました。遠い異国の植物への、あこがれです。

植物園を訪れた人びとは、これまで見たこともない、南国の鮮やかな花や、奇妙な形の葉をした植物に、目をみはりました。自分たちの土地には決して生えない、はるか彼方の緑。その珍しさ、その美しさは、人びとの心を強くとらえました。「あの、異国の緑を、自分の手もとにも置きたい」。そんなあこがれが、芽生えていったのです。

このあこがれは、やがて、思いがけない流行を生むことになります。遠い国の植物を、自分の家のなかで育てる。観葉植物の文化です。その物語は、もう少し後の回で、くわしく見ていきましょう。

植物園が伝えるもの

植物園の物語は、私たちに、庭のもう一つの顔を見せてくれます。

それは、植物を研究するための、知の庭であり、世界じゅうの植物を集めた、生きた百科事典であり、そして、その植物を富のために利用した、帝国の庭でもありました。さらに、遠い異国の緑への、人びとのあこがれを育てた庭でもあったのです。楽しみのための庭とは、まったく違う動機から、人は、これほど熱心に植物を集めてきました。

人と植物の関わりには、愛でることのほかに、知りたい、集めたい、役立てたいという、さまざまな欲望が、複雑にからみ合っているのです。

次回は、この、世界じゅうから集めた植物を、寒いヨーロッパでも生かしておくために生まれた、ある技術を訪ねます。ガラスでできた、温室の物語です。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

📖 「庭の人文誌」(目次)へ戻る

同じことを考えている、近くの棚: