ガーデニングブームと、庭の縮小・分散

第IV部も、これで最後です。ここまで、庭が、王侯貴族のものから、ふつうの人びとのものへと変わっていく道のりをたどってきました。最後に、もっと最近の動き、私たち自身が、いままさにそのなかにいる変化を見ていきます。

1990年代のガーデニングのブームと、そして、いま静かに進んでいる、庭の「縮小と分散」です。ここには、これからの庭を考えるための、大切な手がかりがあります。

1997年、「ガーデニング」が流行語に

1990年代の日本で、緑をめぐる、一つの大きなブームが起こりました。ガーデニングです。

1997年には、「ガーデニング」という言葉が、その年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれました。とくに、イギリス風の庭、いわゆるイングリッシュガーデンが、人気を集めます。色とりどりの花を、自然なふうに組み合わせて植える、あのスタイルです。郊外に庭付きの家を持つ人びと、とりわけ多くの女性たちが、自分の庭づくりに、夢中になりました。

それまで、庭の手入れといえば、芝を刈り、木を整える、というイメージが強いものでした。けれど、このブームでは、花壇をデザインし、ばらやハーブを育て、自分の好みの庭を、一から創り上げていく。庭づくりが、楽しい趣味として、広く人びとに親しまれるようになったのです。

庭が、自己表現になる

このガーデニングのブームには、庭との関わり方の、新しい段階があらわれていました。庭が、自己表現の場になった、という段階です。

どんな花を、どう組み合わせるか。どんな色合いの、どんな雰囲気の庭をつくるか。それは、その人の好みや、感性や、生き方を映し出す、いわばキャンバスのようなものになりました。庭は、もはや、富を示すための芝生でも、たんに手入れをする対象でもありません。自分らしさを表現し、創造する喜びを味わうための、自分だけの作品になったのです。

ここで、庭の民主化は、一つの到達点を迎えたとも言えます。かつて、王や貴族だけが、庭で自らの理想を表現していました。それが、いまや、ごくふつうの人びとが、自分の小さな庭で、自分の理想の風景を、自由に創り上げる。庭は、すっかり、みんなのものになったのです。

庭の、縮小と分散

ところが、ここに来て、また新しい変化が起こりはじめています。それは、庭が、小さくなり、散らばっていく、という変化です。

いま、とくに都市で暮らす人びとにとって、土地としての庭を持つことは、だんだん難しくなっています。人口が都市に集まり、住まいは小さくなり、庭付きの家は、手の届きにくいものになりつつあります。けれど、だからといって、人びとが緑をあきらめたわけではありません。緑は、庭という大きなかたちから、もっと小さく、もっと身近なかたちへと、散らばっていったのです。

部屋のなかに置く観葉植物、ベランダで育てる小さな野菜、少し離れた場所に借りる貸し農園や市民農園。庭を持てない人びとが、こうした、小さく分かれた緑のかたちで、土や植物とのつながりを保とうとしています。いま起きているのは、いわば、庭の「縮小と分散」です。一つの大きな庭ではなく、鉢に、ベランダに、共同の畑に、緑がちらばっていく。

所有から、アクセスへ

この変化の奥には、もっと根本的な転換が、隠れているように思います。「庭を所有する」ことから、「緑にアクセスする」ことへ、という転換です。

これまでの庭の夢は、「自分の土地としての庭を、所有する」ことでした。けれど、いま広がりつつあるのは、土地を所有しなくても、緑にふれ、緑とつながる、という関わり方です。鉢の植物を育て、貸し農園に通い、共同の庭に参加する。緑を「持つ」のではなく、緑に「触れる」「関わる」。そんな、新しい関係が、生まれつつあるのです。

この「所有からアクセスへ」という流れは、もしかすると、これからの庭のかたちを、大きく変えていくのかもしれません。20世紀に、あれほど強く求められた「庭付き一戸建て」という所有の夢。それが、いま、べつの何かへと、移り変わろうとしている。そのことの意味については、このシリーズの最後の第VII部で、じっくり考えてみたいと思います。

第IV部のおわりに

第IV部では、庭が、みんなのものになっていく道のりをたどってきました。

芝刈り機が芝生を解放し、郊外の住宅が「庭付きの家」を生み、社会改革が労働者に土と緑を分けあたえ、田園都市が緑の街を夢みました。日本では、鉢植えの文化と、戦後の住宅政策が、庭を多くの人びとの手に届けました。そして、ガーデニングのブームで、庭は、みんなの自己表現の場になりました。

けれど、その庭は、いままた、縮小し、分散し、「所有」から「アクセス」へと、かたちを変えつつあります。私たちは、庭の歴史の、大きな曲がり角に立っているのかもしれません。

次の第V部では、いったん大きな歴史の流れを離れて、庭をかたちづくる、一つひとつの要素に目を向けます。植物園、温室、観葉植物、そして盆栽。これらの文化史をたどることで、人と植物の関わりを、また別の角度から見つめていきます。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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