庭は長いあいだ「持てる者」のものだった

ここから第IV部です。第III部では、世界じゅうの庭の歴史をたどってきました。ふり返ってみると、あることに気づきます。そこに登場した庭のほとんどが、ごく限られた人びとのものだったのです。

ペルシャの王、ローマの貴族、フランスの太陽王、日本の大名、中国の文人、ヨーロッパの貴族。みな富や権力や教養を持った、特別な人びとです。庭は長いあいだ、こうした「持てる者」だけのものでした。第IV部では、その庭がどのようにしてふつうの人びとの手に渡っていったのかをたどります。まずは出発点として、庭がいかに長く特権の象徴でありつづけたかを確かめておきましょう。

庭は力を目に見せる装置だった

これまで見てきた庭の多くは、美しいだけのものではありませんでした。持ち主の力を、目に見えるかたちで示す装置でもあったのです。

第III部で見たフランスのヴェルサイユを思い出してみてください。地平線まで自然を従わせたあの庭は、自然さえも思いのままにできる、という王の力の宣言でした。日本の大名たちは、日本や中国の名所を写した広大な庭を、権勢の証として競ってつくりました。ヨーロッパの貴族は、領地を一枚の風景画のような公園に変えて、その富を示しました。

広大な土地を、食べ物を生むためでなく、ただ眺めて楽しむために使う。それだけで、たいへんなぜいたくでした。手入れには多くの使用人と費用がかかります。だから立派な庭を持つことは、富と権力を持っていることの何よりの証明になったのです。庭は、いわば力を映す鏡でした。

持てる者と持てない者

いっぽう、ふつうの人びとにとって、土地はまったく別の意味を持っていました。

中世の農民にとって、土地は眺めて愛でるものとは違います。汗を流して耕し、食べ物を取り出すための、生きるための場所でした。観賞のための庭は、日々の暮らしに余裕のない人びとには、ほとんど手の届かないものだったのです。

ここに、長く続いたはっきりとした分かれ目があります。庭を持てる、ごく一部の人びと。土地を生きるために使うしかなかった、大多数の人びと。観賞のための庭は、何千年ものあいだ、おもにこの「持てる側」のものでありつづけました。人類が庭を持ってきた歴史の大部分の時間、庭は「みんなのもの」からほど遠かったのです。

ただ、持てる者と持てない者に分けるだけでは、こぼれ落ちるものがあります。持ち主とは別に、村人が使う権利を持っていた土地です。イギリスの村の共有地の多くは、もとは荘園の領主の土地でした。それでも村人には、そこに家畜を放し、燃やすものを採る権利がありました。中世の農民は、観賞のための庭は持ちませんでしたが、緑の土地へ入っていく道は持っていたのです。

中世に始まり、18世紀から19世紀にかけて大きく広がった囲い込みは、こうした土地に柵をめぐらせ、使う権利ごと私有地に変えていきました。持てる者と持てない者の線がくっきりしていく過程は、この第三の土地が消えていく過程でもあったのです。

「庭がない=不幸」は現代の見方かもしれない

ここで、立ち止まって考えておきたいことがあります。

私たちはつい、「昔の農民は庭を持てなくてかわいそうだった」と考えてしまいがちです。けれどそれは、現代の感覚を過去の人びとに押しつけているだけかもしれません。

中世の農民も、家の裏の小さな畑で野菜を育てていました。けれど観賞のための庭は、彼らにとって「持てなくて残念なもの」というより、暮らしの選択肢のはるか外にあるものでした。彼らには彼らの暮らしの理屈があり、土地は食べ物を生む大切な手段でした。「庭がないこと」を不幸と感じるのは、ずっと後の時代の特別な見方です。

「庭を持てないのは不幸だ」。私たちが当たり前だと思っているこの感覚そのものが、人類の歴史のなかでは、とても新しく特殊なものなのです。第IV部を通して、このことを心にとめておきたいと思います。

ではいつ「みんなのもの」になったのか

そうだとすると、大きな問いが浮かびます。庭が王や貴族だけのものから、ふつうの人びとのものへ変わっていったのは、いつ、どのようにしてだったのでしょうか。

答えは、それほど古い話ではありません。庭がみんなのものになっていくのは、ほんのここ数百年、もっと言えばここ百数十年ほどの、ごく最近の出来事です。それも自然にそうなったわけではありません。いくつかの具体的な力が後押しした結果でした。一台の機械の発明、新しい住まいのかたち、都市で働く人びとへの緑の分配、そして、ある夢の広がり。

第IV部では、この「庭の民主化」、庭がみんなのものになっていく道のりを、ひとつずつたどっていきます。私たちがいま「庭が欲しい」と思う、その気持ちがどこから来たのかをたどる旅でもあります。


参考にした資料


── この章は、本棚「庭の人文誌」の一冊です。

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