イギリス風景式庭園、つくられた「自然らしさ」

前回のヴェルサイユは、自然を幾何学に従わせる、支配の庭でした。今回訪ねるのは、それに真っ向から反発して生まれた、正反対の庭です。

18世紀のイギリスで、まっすぐな線も、刈り込みも、左右対称もすべて捨て去り、あるがままの自然の風景こそ美しい、とする庭が生まれました。イギリス風景式庭園です。けれど、面白いことに、この「自然らしい」風景は、じつは徹底して人の手でつくられた、人工の自然だったのです。

幾何学への、反発

イギリスの人びとは、フランス式の、定規で引いたような庭を、息苦しく感じはじめていました。自然を無理やり幾何学に押し込めるやり方は、不自然で、傲慢に見えたのです。

この新しい庭を、みごとに言いあらわした言葉があります。造園家ウィリアム・ケントの仕事を、批評家ホレス・ウォルポールが評した一文です。「彼は垣根を飛び越え、自然のすべてが庭であることを、見てとった」。庭と、その外の自然とを隔てる境界を取り払い、なだらかな自然の風景そのものを、庭にしてしまおう、という発想です。

こうして生まれた庭は、それまでとはまったく違う姿をしていました。どこまでも続くなだらかな芝生、ゆるやかに曲がる池、ところどころにかたまって植えられた木立、おだやかな起伏の丘。まっすぐな線は、どこにもありません。すべてが、やわらかな曲線で描かれた、絵のような風景でした。

ケイパビリティ・ブラウンと、絵のような庭

この風景式庭園を、もっとも見事につくり上げたのが、ケイパビリティ・ブラウンと呼ばれた造園家でした。彼は、イギリスじゅうの貴族の領地を、つぎつぎと、なだらかな公園のような風景に変えていきました。

彼がめざしたのは、一枚の風景画のような庭でした。当時、クロード・ロランらが描いた、おだやかで理想的な自然の風景画が、たいへん好まれていました。なだらかな丘、静かな水辺、点在する木立、遠くに見える神殿。この時代の人びとは、そうした絵のなかの理想の風景を、現実の土地の上に、再現しようとしたのです。

庭のあちこちには、古代風の小さな神殿や、人工の廃墟、洞窟などが、風景のアクセントとして置かれました。歩いていくと、まるで絵のなかを散歩しているような、詩的な気分にひたることができました。庭は、絵画と現実が溶け合った、ひとつの夢のような風景になったのです。

境界を消す、ハーハー

風景式庭園には、ひとつ、巧妙な仕掛けがありました。ハーハーと呼ばれる、沈んだ垣根です。

庭と、その外の牧草地とのあいだに、地面を深く掘り下げた溝をつくります。すると、家畜が庭に入り込むのは防げるのに、目の高さには、それをさえぎる壁が何も見えません。庭から見渡すと、芝生は、そのまま遠くの野原や森へと、途切れることなくつながっているように見えるのです。

ここに、大きな転換があります。第I部で見たように、庭の本質は、もともと「囲い込み」にありました。壁で内と外を分けることが、庭をつくることでした。ところが、この風景式庭園では、その境界が、わざと見えないように隠されています。庭は、自分が囲われていることを、見せたくないのです。あたかも、はてしない自然そのものであるかのように、ふるまおうとする。囲いを隠す庭、という、まったく新しい考え方が、ここに生まれていました。

「自然らしさ」という、人工

けれど、ここに、大きなからくりがあります。この「あるがままの自然」に見える風景は、じつは、まったくの人工物だったのです。

ケイパビリティ・ブラウンは、理想の風景をつくるために、丘を削り、谷を埋め、川をせき止めて湖をつくり、何千本もの木を植えました。ときには、邪魔になる村を、まるごと移転させることさえありました。ドーセットのミルトン・アバスでは、領主が古い村をとりこわし、館から見えない場所に、新しい村を移して建てさせたと伝えられます。こうした村の移転は、ブラウン一人のものではなく、当時の地主たちのあいだに、ひろく見られたことでした。自然のままに見えるその風景は、膨大な土木工事によって、人の手で一からつくり上げられた、いわば「自然らしさ」の演出だったのです。

ここには、ふしぎなねじれがあります。ヴェルサイユは、自然を幾何学に変えることで、人の手を、これ見よがしに誇示しました。風景式庭園は、逆に、自然らしく見せることで、人の手を、徹底的に隠そうとしました。けれど、どちらも、人が自然を思いどおりにつくり変えていることに、変わりはありません。支配を見せるか、支配を隠すか。向かう方向は正反対でも、人が自然を作品にしているという点では、同じだったのです。

風景式庭園が伝えるもの

イギリス風景式庭園は、私たちに、人と自然の関わりの、もう一つのかたちを見せてくれます。

それは、幾何学への反発から生まれた、絵のような庭であり、境界を消して、はてしない自然を装う庭であり、そして、人の手を隠すことで、かえって徹底的に人がつくり上げた、「自然らしさ」の庭でした。自然を支配したヴェルサイユと、自然を理想化したイギリス。庭の歴史は、この二つの極のあいだを、振り子のように揺れ動いてきたのです。

人が庭に求めるものには、「ありのままの自然のなかにいたい」という願いがあります。けれど、その「ありのまま」さえ、人はしばしば、自分の理想に合わせてつくり変えてしまう。風景式庭園は、その人間の、どこか切ない性を、静かに映し出しています。

次回は、この風景式庭園が、さらにその先へと進んだ姿を見ます。ととのった理想の風景では飽き足らず、荒々しさや、こわいほどの大自然にこそ美を求めた、ピクチャレスクとロマン主義の庭です。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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