前回のイタリア・ルネサンスの庭で、人間の理性によって自然を整える、という美意識が生まれました。今回は、その考え方が、これ以上ないほど壮大に、そして徹底的に突きつめられた庭を訪ねます。
17世紀のフランス、太陽王と呼ばれた王ルイ14世がつくらせた、ヴェルサイユの庭です。ここでは、庭は、一人の王が自然そのものを自分の意志に従わせる、力の宣言になっていました。
太陽王と、庭の名匠
ヴェルサイユの庭をつくり上げたのは、アンドレ・ル・ノートルという、庭づくりの名匠でした。彼は、ルイ14世のもとで、それまでの庭の常識をはるかに超える、広大で壮麗な庭を生み出します。
その広さは、ちょっと想像がつかないほどです。どこまでも続く並木道、巨大な運河、数えきれない噴水。これらが、ひとつの巨大な構図のなかに、寸分の狂いもなく配置されていました。庭というより、もはや人工的につくり変えられた、ひとつの国土と言ったほうがいいかもしれません。
太陽王ルイ14世は、すべてが自分を中心にまわる、絶対の王でした。ヴェルサイユの庭は、その王の世界観を、そのまま地上に刻んだものだったのです。
地平線まで、まっすぐに
フランス整形式庭園の、もっとも大きな特徴は、徹底した幾何学です。
宮殿の中心から、一本のまっすぐな軸が、地平線の彼方まで伸びていきます。その軸を中心に、すべてが、左右対称に、整然と配置されます。刺繍のように精巧に刈り込まれた花壇、定規で引いたようにまっすぐな並木道、幾何学的な形に掘られた運河や池。木々さえも、四角や円錐の形に刈り込まれ、まるで建築の一部のようでした。
そして、この壮大な構図のすべては、ある一点から見たときに、もっとも美しく見えるように設計されていました。その一点とは、宮殿の、王の部屋です。庭のすべては、王のまなざしのために、秩序づけられていたのです。王が見晴らせば、世界は完璧な幾何学となって、足もとにひれ伏す。そういう庭でした。
自然を、幾何学に従わせる
ヴェルサイユの庭が語っているのは、「自然を、人間の意志に従わせる」という思想です。
曲がりたがる枝はまっすぐに刈り込まれ、好き勝手に広がろうとする緑は、四角い形に押し込められます。水は、自然のままに流れるのではなく、人の設計どおりに噴き上がり、流れ落ちます。ヴェルサイユの無数の噴水を動かすために、当時としては途方もない規模の、水をくみ上げる仕掛けがつくられました。セーヌ川から水を持ち上げる、マルリーの機械と呼ばれる、巨大な水車の装置です。もっとも、それでも水は足りず、実際には、王の通る順路の噴水だけを、係の者が合図にあわせて順に動かしていた、とも伝えられます。自然の水を、王の意のままに操ろうとして、しかし、操りきれなかった。その綻びさえも、ここにはあったのです。
ここには、人間の理性と王の権力が、自然という大きな相手を、完全に支配してみせる、という強烈な意志があらわれています。庭は、王が世界の主人であることを示す、政治的な宣言でもありました。「私は、自然さえも、思いのままにできる」。ヴェルサイユの幾何学は、そう語っていたのです。
支配という、もう一つの美意識
ここで、第II部から見てきた、東アジアの庭を思い出してみてください。
中国や日本の庭は、自然のなりゆきに、そっと寄りそおうとしました。曲がりくねった水、不規則な石、作為を感じさせない自然らしさ。そこでは、人は自然のふところに身を置こうとしました。ヴェルサイユは、その正反対の極にあります。自然を、徹底して人間の側に引き寄せ、整え、支配する。
どちらが正しい、という話ではありません。ここにあるのは、人間と自然との関わり方の、二つの大きく異なるかたちです。自然に従うのか、自然を従えるのか。庭は、それぞれの文化が自然をどう見ていたかを、これ以上なくはっきりと映し出します。ヴェルサイユは、「自然を従える」という西洋の意志が、たどり着いた一つの頂点でした。
整形式庭園が伝えるもの
フランス整形式庭園は、私たちに、庭が持ちうる、もう一つの極端な姿を見せてくれます。
それは、地平線まで人間の秩序を刻みつけた、壮大な幾何学であり、王のまなざしのために整えられた、力の庭であり、自然を完全に支配してみせるという、強い意志の表明でした。庭が、これほどまでに、人間の権力と理性を語る器になりうる。そのことを、ヴェルサイユは教えてくれます。
人が庭に求めるものには、ときに、この「世界を意のままに整えたい」という、根深い欲望もあるのかもしれません。
けれど、こうして自然を極限まで支配した庭は、やがて、強い反発を呼び起こすことになります。次回は、ヴェルサイユとは正反対の方向へ進んだ、もう一つの庭を訪ねます。刈り込みも直線も捨て、あるがままの自然の風景を理想とした、イギリスの風景式庭園です。
参考にした資料
- UNESCO World Heritage「Palace and Park of Versailles」 https://whc.unesco.org/en/list/83/
- Château de Versailles 公式「The Gardens」 https://en.chateauversailles.fr/discover/estate/gardens
- Wikipedia「Machine de Marly(マルリーの機械)」 https://en.wikipedia.org/wiki/Machine_de_Marly
- Encyclopaedia Britannica「André Le Nôtre」 https://www.britannica.com/biography/Andre-Le-Notre
── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。
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