イタリア・ルネサンス庭園、ひらかれた芸術としての庭

前回の中世の庭は、城壁の内側に守られた、小さく閉じた庭でした。今回見るのは、その庭が、大きく姿を変える瞬間です。

15世紀から16世紀のイタリアで、ルネサンスと呼ばれる文化の大きなうねりが起こります。そのなかで、庭もまた生まれ変わりました。壁は低くなり、庭は外の風景へと開かれ、彫刻と噴水で飾られた、堂々たる芸術作品になっていきます。庭が、建築や絵画とならぶ、ひとつの芸術として扱われるようになったのです。

古代を、もう一度

ルネサンスとは、「再生」を意味する言葉です。この時代の人びとは、忘れられていた古代ギリシャ・ローマの文化を、もう一度よみがえらせようとしました。庭づくりも、その大きな流れのなかにありました。

第II部の終わりに見た、古代ローマの別荘の庭を思い出してみてください。手紙のなかで、自分の庭を誇らしげに語った、あの貴族の世界です。ルネサンスの人びとは、そうした古代の理想の暮らしに、強くあこがれました。都会の喧噪を離れ、田園の別荘で、学問を語り、自然のなかで心を遊ばせる。そんな、教養ある人間らしい生き方の舞台として、庭が求められたのです。

ここで庭は、ただ美しいだけのものではなくなります。それは、人間の知性と教養を映す、文化の結晶になりました。

斜面をひらく、露壇式の庭

イタリア・ルネサンスの庭の大きな特徴は、丘の斜面につくられたことです。

なだらかな丘に、いくつもの平らな段(テラス)を刻み、それを階段でつないでいく。こうした庭は、露壇式(ろだんしき)と呼ばれます。段から段へとのぼっていくと、視界がひらけ、やがて、庭の向こうに広がる谷や町の風景までもが、ひとつの眺めとして目に飛び込んできます。

ここに、中世の庭からの、大きな転換があります。中世の庭が、壁に囲まれて内を向いていたのに対して、ルネサンスの庭は、外の風景へと、堂々と開かれていきました。庭は、もはや隠れ家ではありません。高い場所から世界を見晴らす、ひらかれた舞台になったのです。庭の中心の軸は、まっすぐに伸び、左右が美しく釣り合うように、幾何学的に整えられました。

水と彫刻の、劇場

ルネサンスの庭を、いっそう華やかにしたのが、水と彫刻でした。

斜面という地形を生かして、水は、さまざまに演出されました。階段状に水が流れ落ちる仕掛け、勢いよく噴き上がる噴水、ひんやりとした人工の洞窟(グロッタ)。なかには、訪れた人を驚かせるための、いたずらの水仕掛けまでありました。ローマ近郊のティヴォリにある、16世紀後半につくられたヴィラ・デステの庭は、おびただしい数の噴水で知られています。しかも、その噴水は、ポンプを使わず、地形の高低差だけで水を動かしていました。

そして庭のあちこちには、古代の神々や英雄をかたどった彫像が置かれました。水の音、きらめく水しぶき、神話の物語を語る彫刻。庭は、これらが一体となった、いわば野外の劇場になりました。歩きながら、おどろき、楽しみ、古代の物語に思いをはせる。ルネサンスの庭は、五感と知性の両方に語りかける、ぜいたくな芸術空間だったのです。

人間の理性が、自然を整える

ルネサンスの庭には、もう一つ、見落とせない精神がこめられていました。人間の理性で、自然を整える、という考え方です。

まっすぐな軸、左右対称の構成、幾何学的に区切られた花壇。これらはすべて、人間が、自然に明晰な秩序を与えていく営みでした。乱れた自然のままにまかせるのではなく、人の知性によって、調和のとれた美しい形にまとめあげる。ルネサンスの人びとは、そこに、人間という存在の誇りと可能性を見ていました。

これは、第II部で見た、東アジアの「自然のままを尊ぶ」庭とは、正反対の方向です。中国や日本の庭が、自然のなりゆきに寄りそおうとしたのに対して、西洋のこの流れは、自然を人間の理性で支配し、整えようとしました。この「自然を整える」という美意識は、このあとフランスで、さらに極端なかたちへと突きつめられていくことになります。

ルネサンスの庭が伝えるもの

イタリア・ルネサンスの庭は、私たちに、庭の新しい可能性を見せてくれました。

それは、古代への憧れから生まれた、教養の庭であり、外の風景へと堂々とひらかれた、見晴らしの庭であり、水と彫刻に彩られた、芸術の劇場であり、そして、人間の理性で自然を整える、誇り高い庭でした。中世の小さな囲いから解き放たれた庭は、ここで、人間の知性と美意識を映す、壮大な作品になったのです。

人が庭に求めるものに、この「美しく整えられた世界を、自分の手でつくり上げる誇り」があることを、ルネサンスの庭は教えてくれます。

次回は、この「自然を整える」という思想が、頂点をきわめる庭を訪ねます。一人の王が、自然そのものを、自分の意志に従わせようとした。フランス、ヴェルサイユの庭です。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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