日本庭園史(4)、歩いてめぐる、小さな世界

ここまで、浄土庭園、枯山水、茶庭と、日本の庭の歴史をたどってきました。日本庭園史の最後に訪ねるのは、江戸時代に花ひらいた、広大な庭です。

戦乱の世が終わり、長く平和が続いた江戸時代、各地の大名(だいみょう)たちは、競うように、大きな庭をつくりました。回遊式庭園(かいゆうしきていえん)と呼ばれる、歩いてめぐる庭です。この庭には、これまで見てきた日本の庭のあらゆる工夫が、ひとつに集められています。今回は、その、歩いて味わう小さな世界を見ていきましょう。

歩いてめぐる、ひとつながりの風景

回遊式庭園とは、その名のとおり、庭のなかを歩いてめぐることを前提につくられた庭です。

ふつう、庭の中心には大きな池があり、その周りを、一本の道がぐるりとめぐっています。客は、その道を歩いて池をひとまわりします。すると、歩を進めるごとに、次々と新しい風景があらわれます。あるところでは深い山道のように、あるところでは開けた水辺のように、また別のところでは静かな茶室の前のように。一歩ごとに表情を変える風景を、ひとつながりの物語のように味わっていく。庭ぜんたいが、歩いてたどる一巻の絵巻物のようになっているのです。

これは、前に見た中国の庭の、歩いて味わう構成を受け継ぎながら、さらに大きく、ものがたり性ゆたかに展開したものと言えます。

世界じゅうの名所を、庭に集める

回遊式庭園の、もっとも面白いところは、世界じゅうの名所を、一つの庭のなかに縮めて集めてしまう、という発想です。

たとえば、小さな築山を富士山に見立てる。池の一部を、有名な海の名所になぞらえる。あるいは、中国の名高い湖の風景や、街道の宿場の景色を、庭のなかに再現する。歩いてめぐるだけで、日本や中国の名だたる景勝地を、次々と旅したような気持ちになれるのです。これは、第II部から見てきた東アジアの「縮景」、大きな風景を小さく写しとる発想の、壮大な集大成でした。

なかには、和歌に詠まれた名所の数々を、庭の見どころとして再現した庭もありました。庭を歩くことが、そのまま、古くからの詩歌の世界をたどる旅になっていたのです。庭は、現実の世界と、文学のなかの理想の世界とを、一つに編みあげた空間でした。

すべてが集まる庭

江戸時代の庭には、これまで日本の庭が育ててきた要素が、すべて流れ込んでいます。

池に浮かぶ島には、第II部で見た、不老不死の仙人が住むという蓬莱の島の面影があります。岸辺には、茶の湯のための茶室と露地がもうけられ、心を整える小径が通っています。要所には、見え隠れする工夫がほどこされ、角を曲がるまで、次の景色が見えないようになっています。そして、庭の外の山並みまでも、風景の一部として庭のなかに取り込まれています。これは、前にも触れた借景(しゃっけい)の工夫です。

京都の桂離宮(かつらりきゅう)は、こうした要素が、このうえなく洗練されたかたちで結びついた、日本庭園の傑作の一つとして知られています。建物と、茶室と、歩いてめぐる庭と、詩歌の心とが、みごとに溶け合っているのです。これまで日本の庭が積み重ねてきたものが、ここで一つの大きな到達点を迎えた、と言ってもよいかもしれません。

大名たちの、小さな宇宙

これほど大きな庭を、大名たちは、なぜつくったのでしょうか。

一つには、もちろん、自らの富と権力を示すためでした。広大で手のこんだ庭は、その持ち主の力を、何より雄弁に物語ります。また、大切な客をもてなし、ともに月をながめ、茶を楽しむための、社交の場でもありました。

けれど、それだけではなかったように思います。世界じゅうの名所を集め、仙人の島を浮かべ、詩歌の世界を再現したこの庭は、いわば、持ち主が歩いてめぐることのできる、小さな宇宙でした。一歩も外へ出ることなく、自分の庭のなかで、日本や中国の名所をめぐり、理想の風景に遊ぶ。大名庭園は、一つの世界をまるごと、自分の手のなかに収めて味わう試みでもあったのです。

日本の庭が伝えるもの

四回にわたってたどってきた日本の庭は、私たちに、ゆたかな世界を見せてくれました。

神を迎える聖なる場にはじまり、この世に浄土をのぞむ庭となり、水を消し去って心に水を流す枯山水となり、歩いて心を整える茶庭となり、そして、世界を縮めて歩いてめぐる大名庭園へと展開していきました。そのどれもが、ただ目を楽しませるだけでなく、見る人、歩く人の心のありように、深く働きかける庭でした。

日本の庭は、自然の声に耳をすまし、目に見えるものの向こうにあるものを感じとる、こまやかな精神を育ててきました。それは、世界の庭の歴史のなかでも、際立って内面的な、心の庭だったのです。

次回からは、ふたたび西のヨーロッパへ戻ります。中世の城のなかの庭から、やがてヴェルサイユのような壮大な庭へと向かう、もう一つの大きな物語を見ていきましょう。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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