前回の枯山水は、座ってながめる庭でした。今回訪ねる庭は、その反対です。歩いて、通りぬける庭です。しかも、その歩くという行為そのものが、心を整えるための、大切な道になっていました。
茶の湯のためにつくられた小さな庭、茶庭(ちゃにわ)です。これは、露地(ろじ)とも呼ばれます。茶室へと向かう小径を歩くうちに、人は、ざわついた世間の心を、少しずつ脱ぎ捨てていく。今回は、この、通りぬけるための庭を見ていきます。
茶室へと向かう、小さな道
茶庭、すなわち露地は、茶の湯を行う茶室へと向かう、庭の小径のことです。室町時代の終わりから安土桃山時代にかけて、千利休(せんのりきゅう)によって、その様式が完成されたと言われています。
ここで大切なのは、この庭が、ながめて楽しむための「目的地」ではなく、茶室へとたどり着くまでの「通り道」だったという点です。客は、この小径を歩き、いくつかの仕掛けを経ながら、茶室へと近づいていきます。庭そのものよりも、そこを通りぬけるという体験のほうに、深い意味がこめられていたのです。
「路地」から「露地」へ
この庭を表す「露地」という言葉には、興味深い由来があります。
もともとは、建物のあいだの細い道を意味する「路地」という字が当てられていました。それが、のちの時代に、仏教の経典に由来する「露地」という字でも書かれるようになっていきます。とくに江戸時代の茶書を通じて、この「露地」という表記と、その精神的な意味づけが広まっていったと言われています。この「露地」とは、もとは、燃えさかる家のような俗世を抜け出した先にある、清らかで何もない、ひらけた地を意味する言葉でした。
つまり、露地を歩いて茶室へ向かうことは、俗世を離れ、清らかな世界へと入っていくことを、象徴していたのです。第II部で、浄土庭園が、橋を渡って彼岸へ至る庭だったことを見ました。茶庭では、この「向こう側へ渡る」という構造が、庭に置かれた飛石を踏んで歩く、という小さな所作のなかに、ぎゅっと凝縮されています。一歩また一歩と石を踏むごとに、人は俗世から離れ、茶の世界へと近づいていくのです。
飛石と蹲踞、心を整える仕掛け
露地には、客の心を整えるための、いくつかの仕掛けが置かれています。
まず、飛石(とびいし)です。地面に点々と置かれたこの石は、歩く速さや、足の運びを、自然とゆるやかにします。石の位置にしたがって歩くうちに、人の動きは静かになり、視線も落ち着いていきます。次に、蹲踞(つくばい)です。これは、低い位置に据えられた石の手水鉢(ちょうずばち)で、客はここで身をかがめ、手を洗い、口をすすいで、心と体を清めます。神社にお参りするときと同じように、けがれを落として、聖なる場へ入る準備をするのです。
そして、茶室の入り口には、躙口(にじりぐち)と呼ばれる、とても小さな出入り口があります。客は、身をかがめ、頭を低くしなければ、なかへ入ることができません。どんなに身分の高い人でも、ここでは頭を下げ、小さくなって入る。露地を通りぬける道のりは、こうして、世間の地位や立場を一つずつ脱ぎ捨て、つつましい心で茶室へ入るための、ていねいな手続きになっていたのです。
侘びの美と、町なかの山里
露地の美しさは、はなやかさとは、正反対のところにあります。
そこには、目をひく派手な花は、ほとんど植えられません。しっとりとした苔、常緑の低木、しめった土の匂い。全体に、しずかで、ひかえめな佇まいです。この、簡素で、つつましく、不完全さのなかにこそ深い味わいを見るという美意識は、侘び(わび)と呼ばれます。利休が大切にした、茶の湯の心そのものです。
そして、この小さな露地は、町なかにありながら、まるで深い山里の小径を歩いているかのような気持ちを、客に味わわせました。都会の喧噪のただなかに、ほんの数歩の道のりで、静かな山中の境地をつくり出す。露地は、そうした「町なかの山里」とでも呼ぶべき、心の別世界へと通じる道だったのです。
茶庭が伝えるもの
茶庭、すなわち露地は、私たちに、庭というものの、もう一つの奥深いかたちを見せてくれます。
それは、ながめる庭ではなく、通りぬける庭でした。そして、歩き、身をかがめ、手を清めるという一つひとつの所作を通して、人の心を、俗世からしずかな境地へと運んでいく、心を整えるための道でした。人がこの庭に求めたのは、美しい眺めそのものよりも、そこを通りぬけることで自分の心が変わっていく、その移ろいの体験だったのです。
庭を歩くことが、そのまま心を整えることになる。この考え方は、せわしない日々を生きる私たちにとっても、なにかしら大切なことを語りかけてくるように思います。
次回は、日本庭園史の最後として、江戸時代に花ひらいた、広大な庭を訪ねます。歩いてめぐりながら、各地の名所や、海山の風景を次々に楽しむ、回遊式の大名庭園です。
参考にした資料
- 表千家不審菴「露地という言葉」 https://www.omotesenke.jp/chanoyu/7_7_6b.html
- 大谷大学「生活の中の仏教用語:露地」 https://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq000001p53m.html
- Wikipedia「露地」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2%E5%9C%B0
── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。
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