中国庭園、歩いて味わう山水の絵巻

前回までに見てきたペルシャやイスラムの庭は、まっすぐな水路と幾何学で整えられた、秩序ある楽園でした。今回訪ねる中国の庭は、それとはまるで反対の美意識を持っています。

中国の庭がめざしたのは、自然の山や水の風景を、小さな空間のなかに写しとることでした。まっすぐな線ではなく、曲がりくねった水。整然とした対称ではなく、不規則な石組み。人の手を感じさせない、あるがままの自然らしさが、ここでは尊ばれます。庭は、いわば、歩いて味わう一巻の山水画になっていました。

山と水を、小さく写しとる

中国の庭の根っこには、山水(さんすい)への深い愛がありました。山水とは、山と水、つまり大自然の風景のことです。

中国では古くから、雄大な山並みや、霧にかすむ谷、流れる川といった自然の風景が、絵画や詩のもっとも高貴な題材とされてきました。そして庭づくりは、その理想の山水を、自分の住まいのかたわらに、小さく再現する試みだったのです。池を掘って湖や海に見立て、石を積んで険しい山々に見立てる。狭い庭のなかに、はるかな大自然の風景を、ぎゅっと凝縮する。これは、第II部で見た、東アジアの「縮景」、つまり大きな風景を小さく写しとるという発想の、みごとな実践でした。

人びとは、わざわざ遠い山へ出かけなくても、自分の庭のなかで、いつでも雄大な自然と向き合うことができました。庭は、持ち主のための、小さな大自然だったのです。

文人たちの、隠れ家

中国の庭のなかでも、とりわけ味わい深いのが、文人(ぶんじん)たちの庭です。文人とは、学問を修めた知識人、とくに役人をつとめた教養人たちのことです。

役所での仕事は、しばしば、わずらわしい争いや、心をすり減らす駆け引きに満ちていました。そうした俗世の務めに疲れた文人たちは、自分の庭に退いて、心を休めました。とくに、蘇州(そしゅう)という町には、明の時代を中心に、こうした文人の庭が数多くつくられ、いまも残っています。

その庭で、彼らは詩を作り、絵を描き、琴を奏で、友を招いてお茶を楽しみました。庭は、世間のしがらみから離れて、自分を高め、心を遊ばせるための、隠れ家だったのです。前に見た道教の、俗世を離れて自然に身をゆだねる生き方が、ここでは、文人の庭というかたちで生きていました。庭は、教養ある人が、人間としてゆたかに生きるための、私だけのユートピアでした。

歩いて味わう、絵巻のような庭

中国の庭には、もう一つ、大きな特徴があります。それは、一目で全体を見せない、ということです。

庭のなかの道は、わざと曲がりくねっています。橋は、まっすぐではなく、かくかくと折れ曲がっています。こうして歩く速度をゆるめ、視線をあちこちへ導くのです。そして、塀にうがたれた丸い門や、変わった形の窓が、その向こうの風景を、まるで額縁のように切り取って見せます。

歩いていくと、角を曲がるたびに、新しい風景が、次々とあらわれます。一枚の絵が終わると、また次の絵がはじまる。庭ぜんたいが、歩きながら少しずつ味わう、長い絵巻物のようになっているのです。さらに、庭の外の遠くの山やお寺の塔を、庭の風景の一部として取り込む工夫もありました。これは借景(しゃっけい)、つまり「景色を借りる」と呼ばれます。庭の中だけでなく、はるか彼方までもが、一つの風景に編みこまれていたのです。

石は、大地の骨

中国の庭で、とりわけ大切にされたものがあります。石です。

なかでも、太湖石(たいこせき)と呼ばれる、水のはたらきで複雑な穴のあいた石は、たいへん珍重されました。ねじれ、くぼみ、穴のあいたその姿は、けわしい山々や、自然の不思議な力そのものを思わせます。文人たちは、こうした奇妙な形の石を、まるで宝物のように愛で、庭の主役として据えました。

ここには、自然へのまなざしの一つのかたちがあります。整った美しさよりも、長い年月のあいだに風雨が刻んだ、ゆがみや不規則さのなかにこそ、自然の深い力を見る。石は、大地の骨であり、自然の歴史が凝縮したものでした。中国の庭は、こうした自然の奥深さへの敬意の上に、立っていたのです。

中国の庭が伝えるもの

中国の庭は、私たちに、西の庭とはまったく違う、もう一つの庭のかたちを見せてくれます。

それは、自然の山水を小さく写しとった、縮められた大自然であり、俗世に疲れた人が心を休める、隠れ家であり、歩きながら味わう、絵巻のような風景でした。そして、ゆがんだ石のなかにさえ、自然の深い力を見いだす、こまやかなまなざしの庭でした。中国の人びとが庭に求めたのは、整えられた楽園ではなく、自分のそばに引き寄せた、ありのままの自然と、そのなかで深まる心だったのです。

囲って整える西の庭と、自然を縮めて招く東の庭。この大きな対比が、ここでもはっきりと見てとれます。人が庭に求めるものは、ほんとうに幅広いものだと、あらためて感じさせられます。

次回からは、この中国の庭が海をわたって伝わり、独自の深まりを見せた、日本の庭の歴史に入っていきます。まずは、極楽浄土をこの世に再現しようとした、古代の庭からはじめましょう。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

📖 「庭の人文誌」(目次)へ戻る

同じことを考えている、近くの棚: