前回の古代ギリシャでは、庭は神々の森であり、哲学者の思索の場でした。今回の古代ローマでは、庭はもっと身近な、暮らしのなかのものになります。
ローマの人びとは、庭を心から愛しました。そして、その庭を、家のなかにまで引き入れ、別荘に広々と展開し、さらには壁に描いてまで、身のまわりを緑で満たそうとしました。庭が、日々のくつろぎと、楽しみと、暮らしの誇りの場になっていく。今回は、そのようすを見ていきます。
家の中心にある、緑の中庭
古代ローマの住まいには、家の中心に、ペリスタイルと呼ばれる中庭がありました。
これは、柱の並ぶ回廊にぐるりと囲まれた、屋根のない庭です。そこには花や低木が植えられ、小さな噴水や池が置かれ、彫像がかざられました。家の部屋部屋は、この緑の中庭を囲むように配置され、住む人はいつでも、家の中心にある庭をながめながら暮らすことができました。
火山の噴火で埋もれた町ポンペイの遺跡からは、こうした中庭を持つ家が、数多く見つかっています。ローマの人びとにとって、庭は、特別な日に出かけていく場所ではなく、毎日の暮らしのまんなかにある、当たり前の風景でした。緑とともに暮らすという感覚が、家のつくりそのものに、しっかりと組み込まれていたのです。
別荘の庭、都会を離れるための場所
ローマの裕福な人びとは、郊外や田園に、ウィラと呼ばれる別荘を持ちました。そして、そのまわりに、広々とした庭をつくりました。
段々になったテラス、いくつもの噴水、木陰の散歩道、刈り込まれた生垣。こうした庭で、人びとは都会の喧噪を離れ、ゆったりとした時間を過ごしました。ローマ人は、この、仕事から解き放たれたくつろぎの時間を、たいへん大切にしていました。
ある貴族、小プリニウスは、自分の別荘とその庭のようすを、手紙のなかでこまやかに書き残しています。どこに木を植え、どこから景色が見え、どんな噴水があるか。その筆づかいからは、自分の庭をこよなく愛し、誇りに思う気持ちが、生き生きと伝わってきます。庭は、富や地位を映すものであると同時に、心からくつろげる、自分だけの世界でもあったのです。
植物を刈り込む、という新しい楽しみ
ローマの庭で発達したものに、トピアリーと呼ばれる技があります。植物を刈り込んで、さまざまな形をつくる技術です。
専門の庭師が、低木や常緑樹を、動物や幾何学の形に、あるいは文字の形にまで刈り込みました。自然のままに伸びる枝を、人の手で、思いどおりの形に整えていく。ここには、庭に対する一つの新しい向き合い方があらわれています。植物が、彫刻のための材料のように扱われ、人の意のままに形づくられていったのです。
これは、後の時代のヨーロッパの庭で大きく花ひらく、「自然を人の手で支配する」という美意識の、早い芽生えでもありました。あるがままの自然を尊ぶのか、それとも人の手で整え、支配するのか。この問いは、庭の歴史を貫く、もう一つの大きなテーマになっていきます。ローマのトピアリーは、その「支配する」側の、ひとつの出発点でした。
壁に描かれた、いつまでも枯れない庭
ローマ人の庭への愛着を、何よりよく物語るものがあります。壁に描かれた庭です。
ある皇后の別荘には、部屋の壁いちめんに、みごとな庭の風景が描かれていました。さまざまな木々や花、果実、行きかう小鳥たち。その部屋に入ると、まるで本物の庭のただなかに立っているような、ふしぎな感覚に包まれたことでしょう。
なぜ、わざわざ庭を壁に描いたのでしょうか。それは、季節がめぐっても枯れることのない、いつまでも続く庭のなかに、身を置きたかったからかもしれません。あるいは、緑を、家のもっとも奥まった部屋にまで連れてきたかったのでしょう。前にペルシャの人びとが、庭を絨毯に織りこんだ話をしました。それと同じ願いが、ここでは、壁の絵というかたちをとっているのです。庭への思いがあまりに強いとき、人は、庭を描いてでも、そのなかにいようとするのです。
ローマの庭が伝えるもの
古代ローマの庭は、私たちに、庭が暮らしのなかでどれほど大きな場所を占めうるかを、教えてくれます。
家の中心の中庭から、郊外の別荘の庭、そして壁に描かれた庭まで。ローマの人びとは、ありとあらゆるかたちで、自分の身のまわりを緑で満たそうとしました。彼らが庭に求めたのは、くつろぎであり、楽しみであり、美であり、そして、緑とともにある暮らしそのものでした。
そして、この「緑のそばで暮らしたい」という思いは、けっして王侯貴族だけのものではありませんでした。ささやかな町の家の中庭にも、壁の絵のなかにも、同じ願いが息づいていました。庭を持ちたいという思いが、暮らしのすみずみにまで広がっていたのです。この感覚は、ずっと後の時代の私たちにも、まっすぐにつながっているように思えます。
次回は、ふたたびイスラムの世界の庭へ戻ります。スペインのアルハンブラ宮殿を取り上げ、水と光と音で織りあげられた、五感の楽園が、どのようにかたちづくられたのかを、見ていきます。
参考にした資料
- The Metropolitan Museum of Art「The Art of Topiary」 https://www.metmuseum.org/perspectives/medieval-garden-enclosed-art-of-topiary
- Smarthistory「Painted Garden, Villa of Livia」 https://smarthistory.org/painted-garden-villa-of-livia/
- 小プリニウス『書簡集』(トスカナ荘・ラウレンティヌム荘の庭の記述)
── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。
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