ここまで、西アジアの「囲う庭」と、東アジアの「招き寄せる庭」という、二つの大きな流れを見てきました。今回は、その二つの流れが、思いがけず一つの大地で出会う場面を訪ねます。インド亜大陸に花ひらいた、ムガル庭園です。
ここでは、イスラムの世界から運ばれてきた四つに分ける庭と、インドにもともとあった宇宙の山という発想が、溶け合っていきます。庭が、異なる文明の出会いの場になる。そのようすを見ていきましょう。
宇宙の中心にそびえる、メール山
インドのヒンドゥー教の世界観には、メール山(仏教の須弥山〔しゅみせん〕と深く重なる山)が登場します。
これは、宇宙の中心にそびえ立つとされる、聖なる山です。前回までに見た仏教の須弥山は、このヒンドゥー教のメール山と、共通の宇宙観を分かち合っています。山のまわりに大陸と海が広がり、世界全体がこの一本の軸を中心に秩序づけられている、という考え方です。
インドの寺院は、しばしばこのメール山をかたどってつくられました。空に向かってそびえる塔は、宇宙の中心の山を地上に再現したものとされます。ここでも、人は「大きな宇宙を、小さなかたちに写しとる」という、東アジアでも見たのと同じ発想を持っていました。聖なる山を中心に世界を思い描く感覚は、インドから東アジアまで、ひろく分かち持たれていたのです。
イスラムの庭が、インドへ運ばれる
このインドの大地に、16世紀ごろ、新しい庭の文化がやってきます。ムガル帝国の庭です。
ムガル帝国は、中央アジアからインドへ進出した、イスラム教の王朝でした。彼らは、故郷の地で親しんでいた、ペルシャ・イスラム風の庭の伝統を、インドへと持ち込みます。前に見たチャハルバーグ、すなわち四つの水路で四分割された、楽園を写しとる庭です。
ムガル帝国を開いたバーブルという王は、たいへんな庭好きで知られています。彼は、新しく征服したインドの地に、つぎつぎと四分割の庭をつくらせました。そして、自らの回想録のなかで、庭への深い愛着を書き残しています。乾いた異郷にあって、故郷の緑ゆたかな庭を恋しがり、それを地上に再現しようとする。この姿は、ずっと前に見た、故郷の山を恋しがった王妃のための空中庭園の物語とも、どこか響き合います。人は、失った風景を、庭のかたちで取り戻そうとするのです。
タージ・マハル、地上に描かれた楽園
ムガル庭園の到達点とも言えるのが、タージ・マハルです。
純白の大理石でできたこの建物は、ある王が、亡くなった愛する妃のためにつくらせた、お墓でした。そして、ここで思い出していただきたいのは、タージ・マハルが、ただの建物ではなく、広大な庭とひとつになっている、ということです。建物の前には、水路で四つに分けられた、典型的なチャハルバーグが広がっています。
この庭は、イスラムの聖典が描く楽園を、地上に写しとったものと考えられています。四つの水路は、楽園に流れる四つの川。そして、その白い廟は、楽園のただなかに置かれた、亡き人の眠る場所です。じつはこの廟は、よくある四分庭園のように中心に立つのではなく、川に面した庭の北の端に据えられています。つまりタージ・マハルは、亡くなった人を、地上に再現された楽園のなかに横たえる、という壮大な思想のもとにつくられているのです。
お墓を、楽園の庭のなかに置く。ここには、死者が楽園へと迎えられることへの願いがこめられています。前に見たエジプトの庭が、来世の楽園への願いをこめていたことを思い出してみてください。庭が、生と死をつなぎ、人を楽園へと送り出す場所になる。その感覚が、はるか時代を隔てて、インドのこの庭にも、くっきりと息づいているのです。
庭が、文明の出会う場になる
ムガル庭園が見せてくれるのは、庭が「異なる文明の出会いの場」になりうる、ということです。
ここには、西から来た流れと、もとからあった流れとが、重なり合っています。イスラムの世界が運んできた、四つに分ける楽園の庭。そして、インドの大地に根づいていた、宇宙の中心の山という世界観。さらに、ペルシャから受け継がれた、水を引いて緑を育てる技。これらが一つの庭のなかで出会い、ムガル庭園という、独特の美しさを生み出しました。
庭は、ただ閉じた一つの文化の産物ではありません。それは、人と人、文化と文化が行き交うなかで、たがいに影響し合いながら育っていくものでもあったのです。一つの庭のなかに、いくつもの土地の記憶が、地層のように積み重なっている。そう考えると、庭を見る目が、少し変わってくるのではないでしょうか。
さて、ここまで第II部では、さまざまな宗教と庭の関わりを見てきました。そのあいだ、まるで一本の糸のように、くり返し顔を出してきたイメージがあります。「四つの川」です。次回は、この四つの川が、エデンからクルアーン、そしてチャハルバーグへと、宗教の境を越えて流れていったようすをたどり、第II部を締めくくりたいと思います。
参考にした資料
- Encyclopaedia Britannica「Mount Meru」 https://www.britannica.com/topic/Mount-Meru-Hindu-and-Buddhist-mythology
- Smithsonian National Museum of Asian Art「Discovering Babur(Baburnama)」 https://asia.si.edu/learn/discovering-baburs-gardens/
- UNESCO World Heritage「Taj Mahal」 https://whc.unesco.org/en/list/252
── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。
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