前回のエデンは、「かつてあって、失われた楽園」でした。今回訪ねるイスラムの世界では、楽園のとらえ方が少し変わります。ここでの楽園は、過去に失ったものではなく、これから約束される未来として描かれます。
そして、イスラムの文化は、その約束された楽園を、ただ待つだけにしませんでした。地上に、はっきりとしたかたちで再現してみせたのです。聖典に描かれた天国の姿を、そのまま庭の設計図に写しとる。そんな庭が生まれました。チャハルバーグと呼ばれる、四つの区画を持つ庭です。
聖典が描く、緑と水の楽園
イスラム教の聖典クルアーンには、信仰にあつい者へ約束される楽園の姿が、くり返し、具体的に描かれています。
そこでは、楽園はしばしば「下を川が流れる園」として語られます。木々の緑があり、すずやかな日陰があり、絶えることのない果実があり、そして水が流れている。乾いた大地に生きる人びとにとって、これほど心ひかれる情景もなかったでしょう。
なかでも有名なのが、楽園に流れる四つの川の描写です。そこには、けっして腐らない水の川、味の変わらない乳の川、飲む者を酔わせない酒の川、そして澄んだ蜜の川が流れている、と記されています。楽園は、つきることのない恵みに満ちた、囲われた園として思い描かれたのです。
ここでも、楽園は「水のある、囲われた緑の園」でした。砂漠の文化が思い描く理想の地が、洋の東西で、おどろくほど似たかたちをとっていることに、あらためて気づかされます。
「四つの川」という、ふしぎな符合
ここで、一つの符合に立ち止まってみたいと思います。
前回見たエデンの園にも、一つの川が四つに分かれて流れ出す、という描写がありました。そして今回のクルアーンの楽園にも、四つの川が流れています。ユダヤ・キリスト教の楽園と、イスラムの楽園が、ともに「四つの川」というイメージを分かち持っているのです。
これは偶然ではなく、同じ西アジアの土壌から育った、つながりのある宗教だからこそ響き合うイメージだと考えられます。一本の川が、信仰の境を越えて、いくつもの聖典のなかを流れているようなものです。この「四つの川」のイメージが、やがて庭の設計そのものを決めていくことになります。
聖典を、庭の設計図に写しとる
イスラムの庭、チャハルバーグの最大の特徴は、その名のとおり「四つに分けられている」ことです。
庭の中央で、二本の水路が十字に交わります。その水路によって、庭全体が四つの区画に分けられる。これがチャハルバーグの基本のかたちです。中央の水路を、楽園の川になぞらえ、四つの区画を、楽園の四つの方角や四つの川になぞらえる。つまりこの庭では、聖典に描かれた天国のイメージが、四分割という庭の形に重ねて読まれているのです。なお、四つに分ける形そのものはイスラム以前のペルシャにすでにあり、それを「楽園の四つの川」と読む見方は、後のイスラムの伝統のなかで育っていきました。形が先にあり、意味があとから宿った、と考えられています。
これは、おどろくべきことだと思います。文字で書かれた楽園のイメージが、そっくり庭の図面へと翻訳されている。緑と水と四つの流れという聖典の言葉が、土と水と植栽に置きかえられ、歩いて入れる空間になっている。チャハルバーグは、いわば「野外につくられた聖なる建築」とも呼ばれます。庭が、信仰を体験するための場所になっているのです。
スペインのアルハンブラ宮殿の庭から、ペルシャの各地の庭まで、イスラムの世界には、この水路で四分割された庭が数多くつくられました。乾いた大地に水路を引き、すずやかな水音とまばゆい緑で満たされた空間は、訪れる人に、約束された天国の前ぶれを、ひとあし先に味わわせてくれたことでしょう。
庭が、天国の見本になる
イスラムの庭が教えてくれるのは、庭が「未来の楽園の見本」になりうる、ということです。
エデンが「取り戻したい過去」だったとすれば、チャハルバーグは「約束された未来の、地上での予告編」でした。信仰にあつく生きれば、いつか入ることのできる天国。その天国を、いま、この庭で、わずかに先取りして体験する。庭は、目には見えない約束を、目に見え、肌で感じられるものに変える装置だったのです。
ここには、人が庭に求めるものの、一つの核心があるように思います。人は庭に、まだ手にしていない理想を、ひとあし先に味わいたいという願いを託すのかもしれません。完全な楽園は、まだ遠い。けれど、その小さな模型を、いま自分のそばに置いておきたい。チャハルバーグは、その願いを、もっとも美しいかたちで実現した庭でした。
そして、ここまで何度も顔を出してきた「四つの川」は、このあとさらに東へと旅をして、別の宗教の宇宙観と出会い、思いがけない庭を生むことになります。その話は、第II部の後半でゆっくりたどることにしましょう。
次回は、いったん西へ戻ります。エデンを失ったキリスト教世界が、修道院の壁のなかに、もう一度小さな楽園を再現しようとした話です。閉ざされた園、ホルトゥス・コンクルススを訪ねます。
参考にした資料
- クルアーン47章15節(原典) https://quran.com/muhammad/15
- Encyclopaedia Iranica「ČAHĀRBĀḠ」 https://iranicaonline.org/articles/caharbag-lit
- The Islamic Monthly「The Symbolism of the Islamic Garden」 https://www.theislamicmonthly.com/underneath-which-rivers-flow-the-symbolism-of-the-islamic-garden/
── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。
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