「囲い込み」とは何か、庭が引く一本の線

第I部もこれで最終回です。ここまで、言葉の起源から、メソポタミア、エジプト、そしてバビロンの伝説までをたどってきました。そのあいだ、まるで通奏低音のように、くり返し顔を出してきた一つの言葉があります。

「囲い込み」です。

英語の garden の語根も、楽園をあらわす paradise の語源も、ヘブライ語の gan も、たどればすべて「囲うこと」に行き着きました。エジプトの庭は高い塀で砂漠と仕切られ、空中庭園でさえ、せり出したテラスという「区切られた段」の上に築かれていました。今回は、この「囲い込み」という庭の本質そのものに、正面から向き合ってみたいと思います。

庭とは、一本の線を引くこと

庭をつくるとき、人がまず最初にすることは、植物を植えることではありません。線を引くことです。

ここまでが庭であり、ここから先は庭ではない。塀であれ、生垣であれ、水路であれ、あるいは小さな石の縁取りであれ、庭は何らかのかたちで、内と外を分ける境界を持っています。その線の内側に、人は手をかけ、水をやり、緑を育てます。線の外側には、手の及ばない世界が広がっています。

考えてみれば、これはふしぎなことです。同じ土、同じ空の下にありながら、一本の線を引いただけで、内側だけが「庭」という特別な意味を帯びる。逆に言えば、その境界がなければ、そこはただの土地であり、野原であり、自然のままの場所にすぎません。庭を庭たらしめているのは、植物そのものよりも、むしろ、その縁にある一本の線なのです。

ここまで見てきた古代の庭が、こぞって「囲うこと」から始まっていたのは、偶然ではありませんでした。庭とは、世界に線を引いて、こちら側を特別な場所にする営みだったのです。

何を内に守り、何を外に追いやるのか

では、その線によって、人は何を内に囲い込み、何を外へしりぞけてきたのでしょうか。

これまでの庭をふり返ると、答えはかなりはっきりしています。内に囲い込まれたのは、水であり、緑であり、秩序であり、安らぎでした。外へしりぞけられたのは、砂漠であり、荒野であり、混沌であり、究極的には死でした。

庭の境界は、ただ土地を区切る実用的な仕切りではありませんでした。それは、生きていくのに望ましいものを内に集め、おそろしいもの、手におえないものを外に締め出す、いわば「価値の選り分け」の線でもあったのです。塀の内側には、人が望む世界の理想形があり、塀の外側には、人の力の及ばない現実があった。庭とは、この世界のなかに、人の願う秩序を小さく実現してみせる場所だったとも言えます。

だからこそ、庭は古くから、楽園のイメージとむすびついてきました。望ましいものだけを集めた、囲われた場所——それは、失われた理想郷を、地上にもう一度かたちにしようとする試みだったのです。

同じ言葉が持つ、もう一つの顔

ところで、この「囲い込み」という言葉には、見すごせないもう一つの顔があります。

英語で囲い込みを意味する enclosure(エンクロージャー)という言葉は、庭の文脈では、美しさや守りや聖なるものと結びついてきました。けれど、まったく同じ言葉が、歴史のべつの場面では、ずいぶん違う響きを持っています。近世のイギリスでおこった「囲い込み運動」です。

これは、近世から近代にかけて、いくたびかの波となって、それまで村の人びとが共同で使っていた土地に、地主が柵をめぐらせて私有地に変えていった動きを指します。共有の場が囲われ、そこで暮らしてきた人びとがしめ出され、土地を追われていきました。ここでの「囲い込み」は、守りや恵みではなく、奪うこと、しめ出すことを意味しています。

同じ「囲う」という行為が、一方では楽園を生み、もう一方では人を土地から引きはがす。この光と影は、庭について考えるとき、心にとめておきたいことのように思います。線を引いて内と外を分けるという行為には、内側を豊かに守る力と、外側を冷たくしめ出す力とが、いつも背中合わせで宿っているのです。

囲うことは、近づくことでもあり、遠ざけることでもある

もう一歩、ふみこんで考えてみましょう。

人はなぜ、自然を囲い込もうとするのでしょうか。一つには、自然のそばにいたいからです。緑や水のある場所を、自分の手の届くところに引き寄せ、日々の暮らしのなかで味わいたい。庭は、遠くにある自然を、囲って手もとに招き入れる装置だと言えます。

ところが、囲い込むということは、同時に、自然を選びわけ、手なずけ、思いどおりにすることでもあります。庭のなかの自然は、もはやあるがままの野生ではありません。人が望む草木だけが残され、望まぬものは抜かれ、形が整えられた、いわば「人の条件のもとに置かれた自然」です。

ここに、庭というものの、おもしろい矛盾があらわれます。人は、自然に近づきたくて庭をつくります。けれど、その庭をつくるという行為そのものが、ありのままの自然を線の外へしめ出し、内側には飼いならされた自然だけを残すことになる。近づくための囲いが、同時に、遠ざけるための囲いにもなっているのです。

この矛盾は、決して解けない欠点ではありません。むしろ、人が自然とどう付き合ってきたか、その複雑な関係そのものが、庭という小さな場所に凝縮されている、と見ることができます。庭は、自然と人とのあいだの、たえまない交渉の現場なのです。

第I部のおわりに

ここまで、庭の起源をめぐる旅をしてきました。

たどり着いたのは、庭とは「囲い込み」である、というシンプルな、けれど奥深い理解でした。庭をつくるとは、世界に一本の線を引いて、何を内に守り、何を外にしりぞけるかを決めることです。その線の内側に、人は水と緑と秩序を集め、失われた楽園をもう一度かたちにしようとしてきました。そして、その囲いには、守る力としめ出す力、近づける働きと遠ざける働きが、つねに同居していました。

「庭が欲しい」という思いの奥には、もしかすると、この世界のどこかに、自分のための囲われた場所を持ちたい、という古い願いが流れているのかもしれません。砂漠に抗った古代の人びとと、現代の私たちは、案外、同じものを求めているのではないでしょうか。

次の第II部では、この「囲われた楽園」が、世界の宗教のなかでどう花ひらいていったのかを見ていきます。庭は、それぞれの信仰のなかで、神の約束した楽園のかたちとして、さまざまに描かれることになります。その最初の一歩として、庭が「神学そのもの」になったとも言える、古代ペルシャの信仰からたずねていきましょう。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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