「楽園」とは、もともと「壁で囲まれた園」だった

前回、英語の garden(庭)が「囲い込む」という語根から生まれたことを見ました。今回は、もう一つの言葉をさかのぼってみたいと思います。paradise(パラダイス/楽園)という言葉です。

私たちは「楽園」と聞くと、苦しみのない天国や、理想の世界を思い浮かべます。けれど、この言葉のいちばん古い姿は、宗教的な観念ではありませんでした。それは、ペルシャの王が持っていた、壁で囲われた一つの庭だったのです。

言葉が、具体的な庭から、目に見えない天国へと昇っていく。その道のりをたどってみましょう。

pairidaeza ── 「まわりに壁を作る」という言葉

paradise の最も古い祖先は、古代ペルシャの聖典に使われていたアヴェスター語(アヴェスターご)という言葉のなかにあります。その単語が pairidaeza(パイリダエーザ)です。

この言葉は、二つの部分からできています。pairi(パイリ)は「まわりに」という意味で、daeza(ダエーザ)は「土をこねて積み上げ、壁を築く」という意味でした。合わせると、「まわりに壁を作ったもの」、つまり「壁で囲まれた場所」を指します。

ここでも、また「囲い込み」が出てきました。

前回の garden は、ヨーロッパ系の言語の根をたどって「囲う」にたどり着きました。今回の paradise は、まったく別のペルシャ系の言葉をたどっているのに、やはり「囲う」にたどり着くのです。洋の東西で、楽園の出発点が「壁で囲うこと」だったという一致は、覚えておく価値があると思います。

古代ペルシャでは、この pairidaeza は、王や貴族が持つ広大な庭をあらわす言葉でした。そこには樹木が植えられ、水路が引かれ、ときには動物も放たれていました。乾いた大地のなかに、壁で囲って水と緑を満たした、別世界のような場所だったのです。

ギリシャ人が見た「パラデイソス」

この言葉が大きく旅をするきっかけになったのが、古代ギリシャとの出会いでした。

紀元前4世紀の前半に活躍した、クセノフォンというギリシャの軍人で歴史家がいます。彼はペルシャを実際に訪れ、その王侯が持つ壮麗な庭を見て、強い印象を受けました。そして自分の著作のなかで、その庭をギリシャ語に写しとって paradeisos(パラデイソス)と記したのです。

このときの paradeisos の意味は、まだ「楽園」ではありませんでした。それは「囲われた広大な庭園、動物を放した猟園」といった、具体的な場所を指す言葉でした。ペルシャ王の豊かな庭が、ギリシャ語のなかに一つの単語として持ち込まれた、という段階です。

言葉はこうして、ペルシャからギリシャへと国境を越えました。けれど、それだけでは、まだ「天国」にはなりません。決定的な飛躍は、次の段階で起こります。

聖書のなかで、庭が「失われた楽園」になる

紀元前3世紀ごろから、ユダヤ教の聖典であるヘブライ語の旧約聖書を、ギリシャ語に翻訳する大きな仕事が進められました。これは七十人訳(しちじゅうにんやく)と呼ばれる、とても重要な翻訳です。

このとき、翻訳者たちは、ある言葉を訳すのに paradeisos を選びました。それが、創世記に出てくる「エデンの園」です。

人類が最初に置かれ、そして追放されてしまった、あの理想の園。それをギリシャ語に移すときに、ペルシャ王の囲い庭をあらわす paradeisos という単語が当てられたのです。

この瞬間に、言葉の意味が大きく上昇しました。

それまで「壁で囲われた、王の豪華な庭」という、手で触れられる具体物だった言葉が、ここで「人類が失った理想の園」「神とともにあった原初の楽園」という、宗教的な観念に変わったのです。さらに新約聖書では、この言葉が死後に約束される天国を指すようにもなっていきます。

「囲い庭」が「楽園」になった。具体物が、観念へと昇華した。私たちが今使っている「パラダイス」という言葉のなかには、この昇華の地層が、化石のように残っているわけです。

王は、自らの手で園を誇った

さきほど名前を挙げたクセノフォンは、もう一つ印象的な逸話を書き残しています。ペルシャの王子キュロス(歴史で小キュロスと呼ばれる人物)についての話です。

あるとき、ギリシャの将軍リュサンドロスが、小キュロスの庭(paradeisos)に招かれました。整然と植えられた木々の美しさに、リュサンドロスは目をみはります。するとキュロスは、こう答えたと伝えられています。これらの木は、すべて自分が配置を測り、いくつかは自分自身の手で植えたのだ、と。

大王国の王子が、庭づくりを自分の誇りとして語った。この逸話は、当時の支配者にとって、庭が単なる娯楽ではなく、世界に秩序を与える行為だったことを教えてくれます。乱れた自然のなかに、人の手で整然とした緑を立ち上げる。それは、王が世界を治める力の、小さな模型のようなものだったのです。

もう一つ、見逃せないつながりがあります。エデンの園は、もとのヘブライ語では「gan-eden(ガン・エデン)」と呼ばれます。この「gan(ガン)」もまた、「囲う、守る」という意味の語根から生まれた、「囲われた園」をあらわす言葉でした。

つまり、ペルシャ語の pairidaeza も、ヘブライ語の gan も、そしてヨーロッパ系の garden も、それぞれ別々に、「囲うこと」から庭の言葉を育てていたのです。系統のまったく異なる三つの言語が、楽園を語ろうとしたときに、そろって「囲い込み」にたどり着いた。この符合は、偶然と片づけてしまうには、あまりに見事だと思いませんか。

言葉のなかに眠る「囲い込み」

ここまでで、二つの言葉をさかのぼってきました。

西洋の garden も、宗教的な paradise も、源をたどればどちらも「囲い込み」にたどり着きました。別々の言語、別々の文化であるにもかかわらず、人が「特別な場所」「楽園」を言いあらわそうとしたとき、その核には決まって「壁で囲って、内と外を分ける」という動作があったのです。

なぜ、囲うことが楽園の条件だったのでしょうか。

その答えは、これらの庭が生まれた土地の風景に隠れています。乾いて、ときに過酷な大地。そのなかで、壁で囲い、水を引き、緑を育てる。囲いの外には砂漠や荒野が広がり、囲いの内には水と緑と秩序がある。この「外」と「内」の落差こそが、人に楽園を感じさせたのではないか。そう考えられます。

次回は、その風景の現場、人類最初の庭が生まれたとされるメソポタミアへ行ってみます。そこでは、庭が生まれる瞬間に、いつも「水」が関わっていました。


参考にした資料


── この章は、蔵書「庭の人文誌」の一冊です。

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