満濃池と空海、ため池の国の物語
四国の讃岐に、周囲およそ20キロメートルの満濃池があります。雨の少ないこの土地に、なぜ、これほど大きなため池が必要だったのでしょうか。そして、決壊した堤を三か月で直したと伝わる弘法大師・空海は、水のあつかいに、何を学んでいたのでしょうか。
blog四国の讃岐に、周囲およそ20キロメートルの満濃池があります。雨の少ないこの土地に、なぜ、これほど大きなため池が必要だったのでしょうか。そして、決壊した堤を三か月で直したと伝わる弘法大師・空海は、水のあつかいに、何を学んでいたのでしょうか。
blog荒ぶる川を鎮め、決壊をくり返す堤を完成させるために、生きた人を土手の底に埋めた——そう語り継がれる人柱の物語が、日本の各地に残っています。その多くは史実か確かめようがありません。なぜこれほど重い物語が、水辺に置かれつづけてきたのでしょうか。
blogガンガーの大女神や大洪水とくらべ、日本の水辺に大神殿はありません。かわりに田の水口の小さな祠や淵の注連縄が無数に散らばり、神とも妖怪ともつかない住人たちがいました。水神も、龍も、河童も、その底に流れる共通の感覚とは、いったい何でしょうか。
blog大水が世界を呑みこみ、選ばれた者だけが舟で生きのびる。ノアの方舟によく似た物語が、聖書よりはるかに古いメソポタミアの粘土板に刻まれていました。ギリシャにも中国にもある——なぜ世界中に、これほど多くの洪水の物語があるのでしょうか。
blogこれまでは水を引き、いなし、貯める技術の話でした。けれど人と水の付き合いには、祈りと神話のもうひとつの層があります。インドのガンジス川は女神ガンガーとあおがれます。この大きな川が、まるごと神として生きられてきたのは、なぜでしょうか。
blog武田信玄が築いたと伝えられる信玄堤には、おどろくべき特徴があります。堤防なのに、わざと切れ目があいているのです。ふつうに考えれば堤防の切れ目は欠陥のはず。けれど、この切れ目こそが考え抜かれた知恵だったのは、なぜでしょうか。
blog雨の多い国なのに、日本には昔から水に困る土地がたくさんありました。その矛盾に挑んだ、もっとも古い答えのひとつが、大阪府南部の狭山池です。千四百年を生きる日本最古級のため池は、どうやってそんなに長く生きてこられたのでしょうか。
blog禹の「導いて流す」思想が、実物の土木として形になった場所があります。中国・四川省の都江堰です。紀元前三世紀に築かれ、二千二百年あまり現役で働きつづける。機械もコンクリートもない時代に、なぜそんなものが造れたのでしょうか。
blog古代中国に伝わる、禹の治水の物語を取り上げます。父は水を埋めて止めようとして失敗し、子は水を導いて流すことを選んで成功しました。たったそれだけの筋書きに、水と人との付き合い方をめぐる、どんな鋭い思想の転換が刻まれているのでしょうか。
blog人類は、水とどう付き合ってきたのでしょうか。文明のはじまりの地メソポタミアとエジプトは、どちらも大きな川のほとりで都市文明を育てました。けれど川の氾濫との折り合い方を見ると、二つの土地の物語は、なぜこれほど性格が違うのでしょうか。