雨をデザインする時代 ─緑と水でつなぐ都市のレジリエンス

はじめに

持続可能な暮らしのために「グリーンインフラ(Green Infrastructure)」や「LID(低影響開発:Low Impact Development)」が重要視されています。

グリーンインフラとは、社会基盤の整備に自然環境のもつ多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある地域づくりを進める考え方です。

一方、LID(低影響開発)は、都市開発による環境への影響を最小限に抑えるために、雨水をできるだけ自然に近い形で処理する分散型の手法を指します。例えば、雨水をその場で浸透させたり一時貯留したりする仕組みを設け、開発前の水循環に近づけることを目指します。

これらのアプローチは都市のヒートアイランド現象や洪水リスクといった課題に対する有効策とされています。今回は、世界各地で行われてきた緑地と水管理の取り組みの歴史を振り返りながら、グリーンインフラやLIDについての理解を深めたいと思います。

世界の緑地の歴史

人類は古くから水や緑を暮らしに取り込み、豊かな環境を築いてきました。

例えば古代中国の都江堰(紀元前3世紀頃)は、大きなダムを造らず川を分流して洪水を防ぎ、農地に潤いを与える治水・灌漑システムです。このシステムがあった成都平原では、水と林、住居が一体となった「林盤」という景観が形成され、夏の暑さを和らげるなどグリーンインフラ的機能を現在でも果たしています。

メソポタミアでは洪水を利用した農業が都市文明を支えた反面、水路への塩分蓄積が衰退の一因になったと考えられています。一方、エジプトはナイル川の定期氾濫を利用し、7000年にわたる農耕を継続しました。

中世のイスラム世界では、水と緑が楽園を象徴し、ペルシャ式庭園が各地に造られます。ヨーロッパでもルネサンス期以降、幾何学的に整えた大庭園が王侯貴族の権威を示しました。日本では池泉庭園や枯山水などの庭園文化が発展し、限られた空間で自然を象徴的に表現して都市緑地の一端を担ってきました。

近代の農村景観と緑地政策

産業革命期以降は都市公園の整備が進み、米国のセントラルパーク(19世紀半ば)などが「都会のオアシス」として機能しました。またイギリスでは、都市周辺に緑地帯を設定することで市街地の無秩序な拡散を抑えるグリーンベルト政策が導入され、多くの国々にもその考えが広がりました。

近代日本では、農村部で人と自然の共生する景観が維持されてきました。その代表例が棚田や里山の風景です。山あいの急斜面に小さな田んぼを幾重にも重ねた棚田は、日本の原風景とも言われ、美しい景観と生物多様性を兼ね備えています。

また水田は単なる景観ではなく多面的な機能を持ち「緑のダム」とも称されます。田んぼは水を貯めこみ、ゆっくりと地下に浸透させてくれるため、伏流水や地下水を涵養します。土壌や微生物が水を浄化するため綺麗な水が育まれ、カエルやトンボなど多様な生き物の生息地にもなります。また山肌に沿って幾重にも田が連なり、水がゆっくりと下方へ伝わることで、洪水を防ぎ土砂崩れも抑える効果もあります 。

里山も同様に、人里近くの雑木林・草地・水辺などがモザイク状に組み合わさった半自然地域で、薪炭採取や落ち葉堆肥などの人の営みによって生態系が維持されてきました。里山は人間の働きかけにより形作られた特有の自然環境であり、自然と共生した生活文化の場でもあります。現代では過疎化で手入れが行き届かず荒廃する里山もありますが、その価値が見直され保全活動も各地で始まっています。

グリーンインフラとLIDの登場

現代は急激な都市化と気候変動により、ヒートアイランドや都市型洪水が深刻化しています。大量の不透水面が雨を下水道へ一気に流し込み、洪水や水質汚濁を引き起こす一方、老朽化したインフラが補修の課題を抱えている地域も少なくありません。そこで自然の機能を活用するグリーンインフラと、雨水の分散処理を目指すLIDが注目されるようになりました。

グリーンインフラは森林や湿地、公園だけでなく、レインガーデン、バイオスウェイル、透水性舗装など、人為的に作る自然のプロセスも含みます。

LIDは1990年代末に米国から広まった、特に雨水管理に注目した概念で、雨をできるだけその場で浸透・貯留・蒸発散させ、開発前の水循環に近づける考え方です。レインガーデン(雨庭)や透水性舗装などを組み合わせ、排水負荷を分散することで洪水や水質汚染を抑えます。両者はスケールや対象こそ異なりますが、本質的には補完関係にあり、都市全体のレジリエンスを高めるうえで有効とされています。

主要なLIDの手法

LIDの代表的な手法をいくつか簡単に紹介します。

• バイオレテンション(Bioretention):

土壌や植物を使って雨水を一時的に貯め、浸透・浄化する設備です。地表を浅く掘り下げた植栽帯に雨水を導き入れることで、植物の根や改良土壌がスポンジのように水を吸収します。しばらく溜めた水は徐々に地中にしみ込み、同時に土壌が汚れをろ過してくれます。街路や駐車場の一角に設けて雨水流出を抑制します。

バイオレテンションは「レインガーデン(雨庭)」とほぼ同義で語られることも多く、厳密には排水構造や土壌改良の程度で使い分ける場合があるようですが、一般的なイメージとしては雨水を溜めてゆっくり浸透させるための植物が茂った窪地と考えて差し支えありません。蒸発散と浸透を組み合わせて雨水を処理するため、都市の水循環の健全化に貢献し、植物の生育により景観向上やヒートアイランド緩和の効果も期待できます。

• レインガーデン・雨庭(Rain garden):

庭や公園の一角にくぼみを作り、雨水を集めて一時的に溜め、ゆっくり浸透させる植え込みのことです。基本的には上述のバイオレテンションと同じ考え方ですが、住宅の庭先など比較的小規模なものを指すことが多いです。レインガーデンはDIYで作ることもでき、草花を植えれば見た目にも美しいため、市民が主体的に取り組みやすいLID手法です。

米国や豪州では自治体が住民に設置を呼びかけ、水や苗の支給をする例もあります。雨庭は豪雨時に下水道への負荷を減らし、通常時には緑豊かな憩いの場にもなるという点で身近なグリーンインフラといえます。

• バイオスウェイル(Bioswale):

植栽された浅い溝状の緑地で、敷地内や道路脇を流れる雨水を受け止め緩やかに浸透させる構造です 。スウェイルとは英語で「窪地・低湿地」という意味で、バイオスウェイルはそこに土壌や植物を組み合わせたものです。

見た目は細長い花壇や芝生帯のようですが、雨が降るとここが小川のようになって水を一時貯留します。ポイントは蚊の発生を防ぐために溜めた雨水を48時間以内に地中に浸透させる設計にすることです。道路脇のバイオスウェイルは「グリーンストリート」の主要素として、米国のポートランドやシアトルなどで多用されています。雨水は縁石の切れ目から植栽溝に流れ込み、土中へ染み渡った後、必要に応じて下部の排水管から放流されます。普段は緑の帯として街路景観を潤し、豪雨時には水路となる一石二鳥の仕組みです。

• ウォーターチャンネル(水路):

都市部で雨水をできるだけオープンに扱うために設けられる人工の小川・水路です。従来は雨水は速やかに地下排水管に隠されてきましたが、LIDの考えでは敢えて地表を流す場面を作ることがあります。敷地の中に浅い小川をデザインし、周囲の舗装からの雨水がそこへ集まるよう勾配をつけます。平常時は水が干上がっていて、降雨時にはせせらぎが出現し、水が緩やかに下流へ運ばれる様子が目に見えるので、防災教育にも役立ちます。

以上のほかにも、透水性舗装(雨を地中に染み込ませる道路や駐車場)、雨水貯留タンク、グリーンルーフ(屋上緑化)など、多彩な手法があります。

これらはそれぞれ単独でも効果がありますが、組み合わせることで相乗効果が得られると考えられています。都市全体をひとつの水循環システムと捉え、上流から下流まで複数の緑と水の設備を配置することが大切です。

まとめ

グリーンインフラとLIDは、従来のコンクリート主体のインフラだけでは解決が難しい都市課題に対し、自然の力を活かす有効なアプローチです。古来から培われた水と緑の知恵と、現代の技術を組み合わせることで、ヒートアイランド対策や洪水防止、生物多様性の維持など多面的な恩恵が得られます。

また、グリーンインフラは市民が主体的に取り組める点も大きな特徴です。身近な庭や公園で分散型の雨水管理を導入し、小規模な事例を積み重ねることで都市全体の環境改善につなげられます。

ただし、緑や水を活用する設備は適切な維持管理が欠かせません。

行政・企業・市民すべての関係者がメンテナンスの重要性を共通認識として理解し、自然と共生する文化を取り戻しながら、次世代に持続可能なまちを引き継いでいくことが今後ますます求められます。